若手起業家特集

今回は、事業投資家マナティさんの支援を受けて起業されたSさんにお話を伺いました。新居浜市出身のSさんは、様々な職業を経験した後、コンサルタント会社を立ち上げました。道のりと、若手起業家としての思いについてお聞きしました。
ーー まず、幼少期や学生時代のお話を聞かせてください。
Sさん:
子供の頃は「やんちゃ」だと言われていましたね。スポーツが好きで、特にサッカーに熱中していました。中学・高校と部活でサッカーを続けていて、高校時代は県大会の決勝まで進んだこともあります。実は、その決勝戦での経験が今でも印象に残っているんです。前半で1-0とリードしていて、ハーフタイムでは「全国大会行けるぞ!」と喜んでいたんですが、後半で2点取られて逆転負けしてしまったんです。あの時の悔しさは今でも覚えています。ーー 高校卒業後はどのような進路を選ばれたんですか?
Sさん:
高校卒業後は新居浜高専に編入しました。電気工学と電子工学を学びましたが、正直なところ、工学そのものに強い興味があったわけではありません。むしろ、その頃から「普通のサラリーマン以外の生き方」に興味を持ち始めていました。地元の議員さんに連れられて、経営者の方々の集まりに参加したり、起業家育成の講習会に参加したりしていました。サラリーマンの家庭で育った私にとって、全く新しい世界でしたね。ーー 就職されてからのご経験を教えてください。
Sさん:
高専卒業後、最初は住友グループの会社に就職しました。主に中東方面への出張が多く、石油精製施設や原発の復旧工事などに携わっていました。約2年間その仕事をしている中で、ずっと新居浜に住んでいるものの外の世界を知らないままでいいのか?という思いが強くなりました。そこで思い切って仕事を辞めて大阪に引っ越しました。ただ、環境は変わっても自分のやりたいことがはっきりしていなかったので、内面的にはあまり変化がありませんでした。約3年の間、個人事業主として営業代行をしながらもがいていました。アポイントを取って法人営業をする仕事で、自分なりのアポの取り方は学ぶことができたと思っています。ただ、それだけでは生活できなかったので、深夜バイトも掛け持ちしていました。とにかく「自分はどうしたらいいんだろう?」という思いで生きた3年間でしたね。
ーー その後はどのようなご経験をされたのでしょうか?
Sさん:
大阪での生活が3年ほど続いた頃、家族の事情で新居浜に戻ることになりました。父が事故に遭い、母も病気になってしまったんです。兄は結婚して家を出ていたので、私が帰らざるを得ませんでした。ーープログラマーの経験までされたのですね。その後のご経験をお伺いしたいです。
Sさん:
工業系の経験があったので触れるというものに慣れていたものの、プログラミングは形がないものなので触ってみてどうなるかな?と思って始めたのがきっかけでした。
6ヶ月ほどスクールに通って勉強し、東京と埼玉の会社のチームに入ってウェブサービス開発の仕事をしました。ただ、プログラミングの領域は、根っからプログラムが好きな人が多いので、最新技術を追いかけたり、異常なスピードでコーディングする人たちばかりで、その人たちと同じレベルでタスクをこなすのはなかなか難しかったです。自分の与えられたタスクを達成するために3倍かかってしまうので、結局1日16時間も働くような生活を続けたことで、体を壊してしまいました。ーー どんどん新しいことにチャレンジし続けた20代だったということですね。現在のコンサルタントの仕事に就かれたきっかけは何だったのでしょうか?
Sさん:
きっかけはマナティさんと再会したことでした。自分の人生について考えていた中で、昔のサッカー仲間から連絡があって、怪我をしたという話を聞きに行ったんです。そこで偶然、ある会社の社長さんと出会いました。その方が「うちで働かないか?営業をやってほしい」と誘ってくれたんです。最初は4ヶ月ほど断り続けていたんですが、粘り強く誘ってくれるので、「まあ、やってみるか」と思って入社しました。人材系の会社だったんですが、1年で役員にまでなりました。ただ、ここでも問題が起きました。後から入ってきた私が急に役員になったことで、長年勤めている社員の中には反発する人もいました。会社を良くしようと提案しても、なかなか受け入れてもらえない。社長にも強く言ってほしいと頼んでも、なかなか動いてくれない。そんな中で、取引先の社長から「サッカースクールを無料で開いている変わった人がいる」と聞いて、前職の提案をしに行ったのですがその時10年ぶりくらいにマナティさんと再会しました。ーー そこでの出会いが初めてではなかったのですね。ではマナティさんとの最初の出会いについて教えてください。
Sさん:
初めてマナティさんと会ったのは、私が20代前半の頃です。当時、マナティさんの名前が載っている本を見つけて、「こんな成功者が本当にいるのか確かめてやろう」と思って、休暇を取ってバリ島まで行ったんです。そこでマナティさんの知り合いに会って、紹介してもらいました。その時のマナティさんの印象は、「一瞬で距離を縮める人だな」という感じでした。家に招いてくれたり、一緒に食事をしたり。特に印象的だったのは、数字の計算がやたらと早かったことです。ビジネスの話をする時に、すぐに具体的な数字を出してくる人でした。たまたま再会したときに相談したところ、マナティさんから「コンサルタントの仕事、君ならできるんじゃない?」とアドバイスを受けました。ーー マナティさんとの出会いを通じて新しい世界に踏み込んだという経緯だったのですね。そこをきっかけにコンサルタントの仕事を始められたということでしょうか、非常に難しそうな領域ですね。
Sさん:
はい。正直、最初は「無理だろう」と思いましたね、難しそうで。でも、考えてみると、20代の頃は興味のあることに何でもチャレンジしていたのに、35歳くらいになって「難しそうだからやめとこう」と思うようになっていた自分に気づいたんです。「難しそう」と思うということは、他の人もそう思っているはず。だったら、むしろチャンスかもしれない。そう考えて、思い切ってコンサルタントの勉強を始めました。マナティさんも協力してくれて、税理士さんも紹介してくれました。そして、会社設立2ヶ月前に、岡山県の建設会社の案件を獲得してしまいまして、その案件は2ヶ月で成約。会社設立と同時にすごく良いスタートを切れていました。
ーー 順調なスタートだったんですね。その後はいかがでしたか?
Sさん:
いえ、そこからが大変でした。実は次の案件が決まるまでに1年もかかりました。「もう終わりかもしれない」と思っていたちょうどその頃、コロナ関連の助成金が100万円ほど入って。それが本当に救いになりました。そこから奮起して、7件の案件を決めることができました。今でも試行錯誤の日々です。毎期、戦略を見直して、改善とチャレンジを繰り返しています。ーー まさに山あり谷ありのご経験ですね!現在の仕事にはやりがいや充実感がありますか?
Sさん:
まだ「充実している」とまでは言えないかもしれません。まだまだ模索中で、事業としてちゃんとできているかを常に考えています。本当の充実感は、もしかしたら10年後くらいに来るのかもしれませんが、その過程をいま楽しんでいます。ーー 最後に、これから起業を考えている若い人たちへメッセージをお願いします!
Sさん:
そうですね、自分の力に過信せずに、経験のある方と何かをするのがいいと思います。
最初から一人でやるというのは本当に大変なことなので、経験を持った人と一緒に挑戦する方がうまくんじゃないかと思います。ーー ありがとうございます!いままでのご経験がすべてつながっているからこそ、力強いアドバイスです。今後のご活躍、応援しております!
Sさんの起業ストーリーは、挑戦することの大切さと人との出会うことの価値を強く印象づけるものでしたね。
様々な職業を経験し、困難に直面しながらもそれを学びの機会として捉え、常に前を向いて進んできた姿勢が印象的です。
Sさんのご経験は、
「失敗を恐れずにチャレンジすること」
「人とのつながりを大切にすること」
「常に学び続ける姿勢を持つこと」
の重要性を示してくださっています。
起業を考えている30歳以下の方は、ぜひ共通の知り合いを見つけてマナティーさんとお会いしてみてはいかがでしょうか?
マナティーさんのような、金銭的支援にとどまらない、包括的なサポートを受けられる機会は、起業家として大きなチャンスに繋がると思います!
まいぷれ編集部は、引き続き事業投資家マナティーと、夢を叶えたいU30の新居浜市の方々を応援していきます!
現在45歳のマナティー(事業投資家)は、20代前半で起業し、30歳から不動産投資、37歳から事業投資家として1億円を25社に投資。
現在は出資から経営指導まで行っている。
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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