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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第9章(その2) 「自殺」

著:酒井直行/原案:島田一男



第9章 (その2)
「自殺」

 長谷部と上野は、美藤と森に敬礼し、スカイラインに乗り込む。周囲を見回すと、来た時より更に人と車で騒然としている。パトカーの数も倍増しているし、所轄署の警官たちも増えている。その上、バリケードテープの外はもっとひどいことになっている。野次馬とマスコミの数が尋常じゃない。
「いつも一番乗りして、初動捜査だけ終えて、とっとと帰ってしまっていたが、事件現場というものは随分と騒がしいんだな」
 長谷部が今更のように感心している。一方の上野は、所轄署勤務が長かったせいか、見慣れた光景のようで、
「これでもまだ朝早いですから野次馬は少ない方です。それに都心の人たちは無関心を装いますからね。自分がいた多摩地区は、そりゃあひどいものでした。若者たちが大挙して押し寄せて、ケータイやスマホで実況中継し始めますからね。整理に苦労しました」
 上野は昔を思い出しつつ苦笑し、エンジンをかける。そしてスカイラインを非常線の外へと出した。
「上野隊員!」
 ホテルの駐車場を出たすぐのところで、いきなり車の前に立ちはだかる2人がいる。東京日報の相沢キャップと山崎記者だ。
「ブンヤです。先日の、東京日報さんですね」
 ブレーキを踏んで車を止めた上野が隣の長谷部の方を見た。
「あいにくと今日は近くにはコンビニがない。そのまま行け」
 長谷部が冷たく命じる。先日の事件記者の殺害事件現場では、気を利かせた長谷部がコンビニにコーヒーを買いに行った間だけ、上野は相沢と山崎の取材を受けることができたのだ。
「了解です」上野は上司の命令に従う。
 ボンネットの前に立つ相沢と山崎に小さく首を振り、ゆっくりとアクセルを踏み込もうとする。一方の相沢と山崎も、仕方ないとすぐに諦めてくれたようで、車のサイドへと移動し、スカイラインを見送る。
「待て」
 突然、長谷部が声を出す。慌てて上野がブレーキを踏む。そして何事かと隣を見た。
「東京日報か……」
「何か?」
「あそこだけなんだよな。例の事件記者殺害事件で、被疑者の名前を未だにイニシャルで書き続けているのは」
「ええ。自分も不思議に思って読んでいます。DNAが一致している上に犯行時間の不自然な黙秘という、有罪の2大要素が揃っていて、その上、昨日、ガンさんが地検を脱走までしているのに、あくまでも東京日報だけ、I記者で通し続けています。すごいです。そこまでガンさんのことを信じているんだなって、感心すらしていました」
「違うな」
「え?」
「岩見孝太郎は別の新聞社の事件記者だ。あそこまで庇うには、なにか大きな理由があるはずだ」
「理由、ですか?」
「別に真犯人がいるという証拠を掴んでいるのか、あるいは、岩見が絶対に犯人じゃないという確信があるんだろう。そうじゃなきゃ、いい加減、キャップの首が飛ぶ頃だよ」
「なるほど」と納得した上野が、少し笑みを浮かべて長谷部を見る。
「なんだ?」
 長谷部が上野の笑みに気味悪がる。
「すみません。長谷部先輩にも意外な面があるんだなって、ちょっと嬉しくなってしまいました」
「は?」
「先輩、いつも言ってるじゃないですか。自分たちは初動捜査だけをやればいい、犯人逮捕や事件の推理は捜査課に任せればいいんだって」
「ああ。それがオレたち機動捜査隊の任務だからな」
「でも先輩も、ちゃんと事件捜査の成り行きを気にされていたんだって分かって、ちょっと安心したっていうか、嬉しくなったっていうか……すみません、生意気なことを言いました」
 上野が赤面しつつ頭を掻いた。
「ふん……」と長谷部が鼻で息を吐き、腕を組み、何事か考え込んでいる。そして、「東京日報だけが岩見孝太郎を庇い続ける理由、たまには逆取材でもしてみるか」と呟いた。
 一方の相沢と山崎は、機動捜査隊の捜査車両が自分たちを追い越してすぐ、急停止したままずっとそこに停車しているのを不思議そうに眺めていた。しばらくして、運転席のパワーウインドウが下りて、上野が顔を出す。
「この先に公園があります。そちらで少しだけなら取材を受けるとのことです」
 相沢と山崎が驚いて顔を見合わせた。
「その代わり、こちらからも質問があります。それに正直に答えてくれることが取材の条件です」上野がニッコリと笑った。

 港区立檜町公園は、江戸時代、長州藩毛利家の下屋敷だった場所であり、その後、明治に入ると旧日本陸軍の駐屯地となり、その流れで、第二次大戦後は防衛庁の敷地となるが、同時に一部を公園として整備し、広く市民に開放した歴史を持つ。
 公園の池に架かる橋に、相沢、山崎、長谷部、上野が並んで立っている。
 上野は簡潔に、転落死した露木功一の遺体の状況を2人の事件記者たちに話して聞かせた。
「他殺の可能性が高い? それは本当なんですか?」
 衝撃の事実を知り、山崎が興奮を隠し切れない口ぶりで尋ね返す。
「あくまでも、現時点では、その可能性もあるということです。他殺と決まったわけではありませんので」
 上野は言質を取られないよう、言葉を選びながら答えた。
「日記は読まれましたか?」
 いきなり相沢が、2人が想定もしていなかった質問をぶつけてきた。
「日記、ですか?」
 上野が長谷部の顔を見る。長谷部も首を横に振る。
「遺体のポケットから、汚職事件の決定的な証拠となる日記帳が見つかったはずなんですが」
 相沢の言葉に長谷部が珍しく強く反応する。
「それ、誰からの情報ですか?」
「ネタ元を明かすのはブンヤのタブーです。勘弁してくださいよ」
 山崎が即座に言い訳する。
「教えないんだったら、取材は終わりだ。上野、帰るぞ」
 機嫌を害した長谷部が踵を返す。間に立った上野が気まずそうに、長谷部と相沢たちの両方の顔色を見回している。
「捜査二課の課長補佐の美藤警部です」
 相沢が意を決したように早口でネタ元を告げた。
「キャップ!」と山崎がたしなめるも、「いいんです。人の信頼を勝ち取るためには時としてルールを破ることも大切なんです」相沢はきっぱりと言い切った。「彼と私は大学時代の同級生でして、それで今朝、第一報を彼からの電話で知った次第です」
「面白くない話だな」
 長谷部が小さく呟いた。
「ですね」上野も、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「もしかして、機捜のお二人は、日記帳をご覧になっていないんですね?」
 相沢の言葉に、上野が長谷部を見る。長谷部が小さく頷くのを確認して、上野がそれを認めた。
「ご覧になるもなにも、日記帳の存在なんて、今の今まで知りませんでした。機動捜査隊の実況見分が始まる前は、何人たりとも遺体に手を触れてはいけない決まりなんです。それは捜査一課だろうが二課だろうが同じです。ましてや、遺体のポケットから証拠品を持ち出し、それを機捜の自分たちに報告していないなんて論外ですよ」
 温厚な上野にしては珍しく、語気を強めて、捜査二課を非難する。
「それにしても、あの美藤副署長がそんなルール違反をするはずがないんだけどなあ」
 キツい口調で悪口を言ってしまったフォローを今更ながらにしようと思ったのか、上野はいきなり柔らかい口ぶりに戻って首を傾げる。
「美藤のことを昔から知っていたんですね?」
「ええ。美藤警部が五日市警察署の副署長だった頃、何度も防犯イベントでご一緒させていただいたんです。物腰の柔らかい、それでいて聡明で信頼おける上官だと思っていました」
 友人を褒められて相沢も、自分のことのように嬉しくなった。
「うん、うん。そうなんですよ。美藤はイイ奴なんです。ですから、美藤に限って、大切な証拠品を機捜のお二人に隠す意図があったとはどうしても思えないんですよね」
「だったら、捜査一課ですかね? 隠したのは」
 上野が長谷部に尋ねる。
「いや。捜査一課の松島班長は警部補で美藤警部より階級が下だ。いくら捜査一課と二課の仲があまり良くないとはいえ、上官を無視してルール違反をしようなんて思うはずがない」
「だったら……」
「忘れたか? オレたちが絶対に逆らえない人間があそこにはいたじゃないか」
「あ……」上野が思い出した。
「誰ですか?」上野と長谷部の会話を隣で聞いていた山崎が思わず口を挟む。
「東京地検特捜部の森検事正です。地検の検事の指示なら、オレたち警察官は、どんな理不尽な命令でも従う義務がありますからね」
 長谷部の言葉に、相沢と山崎が顔を見合わせた。
「お忙しい中、お時間を作っていただき、感謝します」
 相沢が長谷部と上野を気遣って、取材を終えようとする。しかし反対に長谷部が口を開く。
「東京日報は……どうして岩見孝太郎が犯人じゃないと信じているんですか?」
 長谷部の思いがけない質問に、相沢と山崎が困ったような表情で顔を見合わせる。
「それに、伊集院一郎の汚職事件の報道を見ても、東京日報だけが記事が薄いというか、端から記事にするつもりがないようにさえ見受けられるんですが、その理由を教えてくれませんか?」
「長谷部さん、せっかく取材を受けていただいたのに、なんなんですが、我々ブンヤは、ニュースソースを明かせないのと同時に、編集方針を外部に漏らすことも禁じられているんです。ですから……」
 山崎が申し訳なさそうに謝るのを相沢が止めた。
「ヤマさん、いいじゃないですか。長谷部さんにだけは正直にお話しいたしましょう」
「キャップ?」
「新聞記者と捜査関係者は一蓮托生。持ちつ持たれつです。そりゃあ、あまり度が過ぎると、癒着だなんだと叩かれますが、長谷部さんのおかげで、我々も事件の真相に一歩一歩近づいてきているんです。長谷部さんの疑問にお答えするのは、情報提供の当然の対価だと思いますよ」
 そう言うと相沢は、岩見と接見した際に、彼が相沢に叫んだ言葉を長谷部と上野に伝えた。
「……伊集院一郎は無実……自分が殺人犯として捕まっているのに、なんで岩見はそんなことを……」
 長谷部と上野も、相沢たちと同じように強い衝撃と疑念を抱く。
「長谷部さん……我々東京日報は、桜井春乃殺害事件と伊集院一郎の汚職事件とが密接に関係していると踏んでいます。しかし、現時点で、捜査一課の連中はそのことに気づいてはいません」
 相沢が強い口調で長谷部を見た。
「捜査二課には?」
「美藤にはまだそこまで詳しくは……ただ、伊集院一郎が無実の可能性もあるぞとは伝えています」
「なるほどな」
 長谷部が小さく頷いた。
 相沢が長谷部に名刺を手渡す。
「なにかありましたら、ここにご連絡ください」
 長谷部が名刺を受け取った。そして上野と共に公園を去っていく。

 それから半日後の6月20日夕刻。
 この日の夕刊が警視庁桜田記者クラブへ配られる。
 東京日報以外の新聞各紙の夕刊トップはどれも同じだった。
『伊集院一郎公設秘書、自殺か!? 遺体ポケットから日記帳押収。汚職を裏付ける決定的物的証拠』
 これは警視庁広報部からの大本営情報をそのまま記事にしたものだ。結局、捜査当局は、20日正午の時点では、他殺の可能性もありという機動捜査隊の実況見分の内容を広報から外部に流すことをストップさせていた。
 一方、東京日報だけがまるで違う内容の記事となっている。
『伊集院一郎公設秘書、転落死。他殺か!?』
 それはまさしく、東京日報だけのスクープだった。だが現時点では、どちらの記事が正しいかの判別がつかない。つまり、東京日報が正しければ、他の新聞各社は誤報となるが、その逆に、他社の記事が正しいとなれば、東京日報だけが特オチ、大誤報となる。
 記者クラブの共有スペースのソファーに一斉に広げられた新聞各紙を眺めながら、新聞各社の面々が、東京日報の相沢と山崎、そして八田たちに質問攻めをしている。
「相さん、ズルいなあ、ここまで他殺説を断言しているってことは、それ相応の証拠を掴んでいるっていうことですよね? どこから引っ張ってきたんですか?」
 新日タイムスの熊田キャップが、悔しそうに相沢に詰め寄っている。
「ヤマさんよ、オレとお前の仲じゃないか。ネタ元がどこかだけでも教えてくれよ」
 毎朝新聞の亀田が山崎の肩をさすりつつ、拝み込んでいる。
 もちろん相沢も山崎も、はいそうですかとネタ元を明かすはずもなく、のらりくらりと笑顔で誤魔化している。
「ほっほっほっ。愉快愉快。みんな悔しがっとるわい」
 他社の慌てふためきぶりを、八田が楽しそうに眺めている。
 そんな時だった。
 相沢のスマホが振動する。画面を見ると、見たことのない携帯番号だ。
 相沢は八田に目で合図を送ると、自分一人だけ、東京日報のブースへと入っていく。そして受話ボタンを押した。
「へえへえ相沢」
「東京日報の相沢さん? 機動捜査隊の長谷部です」
 それは意外な人物からの電話だった。
「今朝はありがとうございました」
 怪訝になりつつも相沢は電話の向こうの次なる言葉を待つ。
「今朝の借りを返そうと思いましてね……たった今、科捜研から、転落死した露木功一の背広の胸の部分から採取した指紋の照合結果が出たんですよ」
「ほお。誰か前歴者と一致しましたか?」
「……相沢さん、驚かないで聞いてください」
 電話の向こうの長谷部の声が少しうわずって聞こえてくる。
「はい」相沢もゴクリとツバを飲み込んで、長谷部の言葉を待った。
「岩見孝太郎です。現在逃走中の岩見の指紋が検出されたんです」
「そんなバカなっ!」
 相沢が思わず大声で叫んだ。

《第9章 終わり》

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