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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第1章(その3) 「警視庁桜田記者クラブ」

著:酒井直行/原案:島田一男



第1章 (その3)
「警視庁桜田記者クラブ」

 朝昼夕、そして夜の報道ニュースで生中継する必要があるテレビ各局には必然、空間を広く使うことが許され、どんどんスペースが大きく広くなっていった。それに相対して、新聞各社のスペースは徐々に小さく狭くなっていき、今では猫の額ほどしか与えられなくなってしまったのだ。
 そして現在、新聞各社の常勤事件記者の数はほとんど1名か2名という構成にまでなってしまった。東京日報もまた、常勤の事件記者は相沢キャップただ一人の状態がしばらく続いていたのだ。
「じゃあ、僕の同僚記者は誰もいないってことですか? おっかしいなあ、部長の話だと、キャップの他にも何人かおられるって聞いていたんですが」
 説明を受けていた伊那が意外そうに周囲を見回した。
「ワシのことかな」
 八田が杖に体重をかけながら、ゆっくりと立ち上がる。
「東京日報の生き字引、八田さんだ。伊那ちゃんの教育係だよ」
 相沢の紹介を受け、八田が伊那に右手を差し出した。
「よろしく頼むよ、伊那ちゃん」
 八田も相沢と同じく、伊那をちゃん付けして呼ぶつもりらしい。
「さっきの部長の話だが、昔と違って今は、社会部の事件記者たちは何ヶ所かに分散して配置されているんだ。ここから皇居に向かってすぐの所に東京地検があるじゃろ。そっちの司法記者クラブの方にも、ウチの事件記者が詰めておる。ヤマさんこと山崎記者と、浅野のダンナこと浅野記者の2人……彼らも東京日報社会部のれっきとした事件記者なんだが、向こうは検察と裁判所から出てくるネタを中心に動いとる」
「なるほど。部長は、その先輩たちのことを言ってたんですね、きっと」
「たぶんな」
 八田と相沢は顔を見合わせつつ頷いた。
「じゃあ、続いては、他の新聞社の事件記者たちを紹介するとするか」相沢がそう言いながら、背丈より高い本棚で仕切られた隣のブースを顎で指しながら、東京日報ブースから隣へと移動しようとする。 
「えー、ライバル会社の人たちはおいおいでいいですよ。初対面だとなんか気まずいし」伊那が尻込みするように言う。
「初対面のくせして気まずいとはこれいかに?」八田が愉快そうに質問する。
「だって、記者クラブって、こんな隣り合わせの、声なんか絶対筒抜けの狭いエリアの中にもかかわらず、ライバル社の人たちを蹴落として、特ダネを掴まないといけないんですよね。逆に特オチなんかしちゃったら始末書モノなわけでしょ。そんなギスギスした関係なんですから、こっちから挨拶して舐められたくないんですよね。僕は記者クラブの他社の連中と仲良くするつもりは全くありませんから」
 伊那はおそらく、ここに来る前に記者クラブという仕組みを勉強してきていたのだろう。その上での自分なりの考えのようだった。
「なるほどねえ。ま、一理はあると思うけど、記者クラブの他社の事件記者との関係は、そんなに単純じゃあないんだよ」
 相沢が伊那の肩をポンポンと叩き、いいから挨拶に行くよと彼を促し、東京日報ブースを出て、隣の新日タイムスのブースの前に立つと、そこにはドアがないにもかかわらず、まるで見えないドアがあるかのように立ち止まり、
「クマさん、いいかい? ウチの新人を紹介したいんだけど」
と、目と鼻の先にいるメガネをかけた四角い顔の新聞記者に声をかける。
「やあ、相さん、そいつが今度の新人かい? 今度は一週間で辞めさせないでくれよ」
 クマさんと呼ばれたその人物は、新日タイムス社の事件記者、熊田キャップだ。熊田は、相沢の後ろで少し緊張した面持ちの伊那を見て、「なるほどな。いい面構えしている。いきなり自分のことを事件記者だとお名乗り申しただけのことはありますね」と冷やかした。
「す、すみません」と赤面して俯く伊那を振り返りつつ、愉快げに笑う相沢が、「さすがはクマさんだ。情報早いねぇ。今期も特ダネ競争の最大のライバルといったところだね」とおだてると、熊田は「それはこっちのセリフですよ。ウチは、東京日報さんに追いつけ追い越せが社訓の新聞社ですから」と笑い飛ばした。
 新日タイムスでの紹介を終えた相沢は、すぐ隣の中央日日のブースを覗く。そこでも相沢は、ブースの手前から、奥のデスクに座り朝刊チェックをしているウラさんこと浦瀬キャップに、「中央さん、今、いいですか?」と声をかけた。
 浦瀬は顔を上げ立ち上がると、自分からブースの手前まで歩いてくる。もっともその距離にしてわずか1メートル50センチではあるが。
 その間、相沢は一歩も前へとは進まない。
「東京日報さん、おはようございます。彼が例の敏腕新人事件記者殿ですな。東京日報さんはとんでもない秘密兵器を送り込んできたわけですね。お手柔らかに頼みます」
 ここでも伊那の「僕は事件記者です」という名乗りを弄られ、さすがに伊那も「いい加減勘弁してください」と泣き顔を見せる。
「ガンさんはまだかい?」相沢が浦瀬に尋ねる。
「一昨日が宿直だったもんだから、今日は遅番で11時から入ります。どうせ休みの昨日は朝までどこかで飲み歩いていたはずですから、二日酔いで酒の匂いプンプンさせて来るんでしょうけど」
「違いないね」
 相沢は、浦瀬の推理に同意しながら、「ここの岩見っていう記者が君が来るまでは一番の若手だったもんだから、若い者同士、気が合うんじゃないかって思って、すぐに紹介したかったんだけどね」と振り返って伊那に耳打ちする。
 その後も、隣のブースの毎朝新聞社の前まで伊那を連れて行き、ブースの中でモーニングコーヒーをすすっていたツルさんこと鶴岡キャップと、ちょうど出勤してきたばかりのカメちゃんこと亀田記者に伊那を紹介した。
「これで最後ですか?」
 記者クラブエリアをグルリと周り終えた伊那が先読みして相沢に尋ねると、「いや、もう一社、テレビ局ブースの手前の少しだけ離れたエリアに、毎夕新聞社が入っているから、そこで、市村キャップと春乃ちゃんを紹介したら終わりだね」
「女性記者がいるんですか!」
 伊那がパッと表情を明るくさせた。
「おいおい、いつの時代の話をしているんだ。今時、女性記者なんか珍しくもない」
「ですが、警視庁記者クラブの事件記者は仕事がハードすぎて、女性記者には務まらないと思っていました」
「まあね、実際、長続きする子はあまりいないね」
 相沢も伊那の先入観を肯定する。
「で、春乃さんて記者は……美人ですか?」
 伊那の単刀直入な質問に、相沢は思わず吹き出して、
「伊那ちゃん、素直だな。ますます気に入ったよ。君は大物になる素質十分だよ」と激励しつつ笑い飛ばす。
「ありがとうございます。で、美人さんですか?」
「美人というより可愛いタイプかな? なんだい、伊那ちゃんは彼女はいないの?」
「現在募集中なんです」
「どういう子がタイプなの?」
「まずは顔。こう見えて僕、メンクイなんです。ファッションモデル系のキリッとした美人に弱いんですよね。そして性格は少々ワガママでもいいので、自分の意見をハッキリ言う子が好みなんです」
「ほお……モデルタイプのキリッとした美人でワガママで意見をハッキリ言う子ねえ」
 相沢が何故かしたり顔を浮かべフムフムと顎を擦る。
「え? キャップ、誰かそういう子、知っているんですか?」
 相沢の誰かを思い浮かべたかのようなその表情に、伊那が飛びついた。
「うん……知らなくもないけど」
「どういうお知り合いなんですか? 今度、紹介してください!」
 伊那が思いのほか食いついてくる。
「分かった分かった。いつかきっと紹介してあげる」
「本当ですね!」
 尚も必死な形相で言い寄る伊那を軽くいなしつつも、相沢と伊那は、テレビ局エリアと新聞社エリアの中間地点にポツンと位置する毎夕新聞社ブースの前までやってくる。
 伊那には心なしか、東京日報や新日タイムス、中央日日などより、更に一層狭く感じた。
 ブースの中は無人だった。

《つづく》

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