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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第1章(その2) 「警視庁桜田記者クラブ」

著:酒井直行/原案:島田一男



第1章 (その2)
「警視庁桜田記者クラブ」

「キャップ、くれぐれも若い子には優しく頼むよ。せっかく育成指導員という肩書をいただいたのにじゃ、指導せんうちに辞められちゃあ、働きがいがないというものじゃよ。なぁ。このワシに免じて……この通り」
 八田がニタニタと笑みを浮かべつつ芝居がかった一礼をする。
「八田さん、よしてくださいよ。新人には優しくしろと、社会部部長だけじゃなく人事部からも、さんざん念押しされているんです。大丈夫ですよ」
 相沢は苦笑しつつ頭を掻いた。元来、相沢は柔和な性格で通っている。それは自他共に認めるキャラクターである。にもかかわらず、最近は、若い者に対してのみ、どうしても一言余計に言いたくなってしまうのだ。
 オレも年を取ってきたのかな……。
 説教臭くなってきたらそれは老いた証だと、いつかカミさんに言われたっけ、と、どうでもいいようなことを思い出しつつ、相沢は一人苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それにしても、新人くんはいつやって来るつもりなんじゃ?」
 八田が壁時計を見上げた。7時50分。前回の失敗に懲りて、今度来る新人には社会部部長から警視庁記者クラブのしきたりをしっかり伝えてくれと念を押してきたはずだ。
 そろそろ来てもいい頃なんですが、と相沢も視線を壁に向けたその時だった。内線電話がかかってくる。
「はい。桜田記者クラブ……え? 1階警備? 怪しい人物?」
 電話の相手は、先ほど、正面玄関のセキュリティゲートで相沢の挨拶を仏頂面でやり過ごしたあのイケメン警官だった。
「お忙しいところ申し訳ございません。あの……見慣れない若い男が東京日報の入館証を持って、自分は事件記者だと言っているんですが……」
 慌てて1階の警備室へと飛び込んだ相沢にイケメン警官が敬礼をする。彼は自らを警備部警備課の本田巡査だと自己紹介した上で、
「彼……東京日報の事件記者だと申しているんですが、相沢さん、ご存知でしょうか?」
 イケメン警官の前には、いかにも大学出てすぐの、スーツがまだ体に馴染んでいないひょろっとした長身の若い男が憮然とした面持ちで立っている。
「初めて会う顔です」相沢は意地悪く言ってのけた。写真では見ていたものの、実際、彼に会うのは今日が初めてだ。ウソはついていない。
「冗談はよしてください。伊那真吾、本日付で東京日報本社社会部に配属されたれっきとした事件記者です!」
「事件記者とはこれまた驚いたね。伊那ちゃんとやら、君は今日から自分が事件記者だと思っているつもりなの?」
 相沢はよせばいいのに伊那の言葉をスルーできず、大人気なくも突っかかる。
「当然でしょう。警視庁記者クラブに配属になった以上、僕は正真正銘の事件記者なんです。あなただって……」
 伊那はそこまで言って口を噤む。どうやら同じ社の先輩記者であるとは認識している様子だが、名前までは出てこないようだ。
「私は相沢。東京日報のキャップを拝命しています」
「あなたが相沢キャップですか。失礼しました。お噂は社会部部長からかねがね」
「どんな噂をしてるのやら」
「いえ。部長は、ものすごく相沢キャップを褒めていました。相沢キャップは事件記者の鑑だって」
「鑑ねえ。ま、一応、私は事件記者の端くれだという自負は持っている、かな」
「でしょう。だったら僕だって事件記……」
 相沢は我慢しきれなくなったように、伊那の言葉を遮って、
「事件記者っていうのはね、事件記事を一本でも上げたブンヤが名乗れる肩書なんだ。申し訳ないが、伊那ちゃん、記者クラブに入ってきたばかりの君を一人前の事件記者だと認めるのはまだ早いんだよ」
 相沢は極めて優しい口ぶりで、しかしきっぱりと新人記者に図に乗るなと釘を刺すのを忘れなかった。
「す、すみません。お恥ずかしい限りです」
 伊那は顔を真っ赤にして頭を掻く。相沢はそんな伊那を見つつ、素直ないい若者じゃないかと途端に彼のことが気に入ってしまった。
「それにしても、よくセキュリティゲートで、彼が昨日まで記者クラブに出入りしていた人間ではないことに気づきましたね」
 尚もシュンと下を向く伊那を見ていられなくなった相沢はイケメン警官に向き直った。
「当たり前です。自分は、毎朝毎朝、相沢さんたち記者クラブの面々をセキュリティチェックさせていただいているんです。最近、誰が太り気味で誰が徹夜続きで体調を崩しているかまで分かっているつもりですよ」
 イケメン警官、もとい本田巡査は胸を張って言い切った。
 彼はこんなにも饒舌なんだと相沢は驚いていた。そんな相沢の表情に気がついたのだろう、本田巡査は急に顔を赤らめ、「すみません」と謝った。
「謝ることはありませんよ。私はね本田さん、嬉しいんですよ。てっきり、あなたに嫌われているとばかり思っていましたから」
「嫌うなんてとんでもない!……ただ……」
「ただ?」
 本田巡査が慌てて口を噤んだ。「いえ……なんでもありません」
「分かっています。上から言われているんでしょ? マスコミの人間とはあまり親しくするなって」
 相沢は、伊那から少し離れ、本田だけに聞こえるように囁いた。
「すみません」本田巡査は即座に認めた。
「八田さんによれば……あ、八田さんは知ってるよね? ウチのご長老さん。彼は、ずいぶん昔から記者クラブに出入りしているブンヤだからね。その彼に言わせると、昔はそれこそ、捜査一課の刑事たちと記者クラブの連中が一緒になって近くの居酒屋で酒を酌み交わしたり、家族同士の付き合いなんかも頻繁にあったらしいよ。だけどさ、時代がそれを許さなくなってしまったってことなんだよね」
「申し訳ございません」
 本田巡査がもう一度頭を下げた。相沢は、彼は一体誰に対して謝っているんだろうと漠然と思いつつ、その謝罪を笑顔で受け入れる。

 相沢は伊那を連れて記者クラブへと戻った。
「想像していたより、案外広いんですね」
 入ってくるなり伊那は、グルリと記者クラブ全体を見回し、素直な感想を口にする。
 警視庁本庁舎の2階にある記者クラブは、2階フロア全体の約半分を占めている。なるほど、占有面積でいえばかなりのスペースだ。
「もっとも、新聞社に割り当てられたスペースは、猫の額ほどしかないけどね」
 相沢は、記者クラブフロアの入ってすぐの共有スペースに一番近い位置にある東京日報ブースを顎で指した。応接セットの向こう側の本棚で仕切られた所に、机が2つと業務用プリンター、そして隣のブースとを隔てる壁代わりの背の高い本棚が2つあるだけの、狭い空間がそこにあった。
「あのエリアが我が東京日報のブースだ。君の机は手前だ」
「うわぁ、漫画喫茶のペアシート並の狭さですね」
 東京日報ブースに足を踏み入れた伊那の言葉に、相沢は相槌を打つことができなかった。もちろん、漫画喫茶のペアシートに入ったことがないから、共感しようがないのだ。
 代わりに、共有スペースの応接セットでくつろいでいた八田が、
「テレビ局は各社、5倍のスペースがあるんじゃ」
とパーテーションで仕切られた記者クラブ奥のテレビ局ブースを顎で指す。
「ワシが新人でここに来る前は逆だったそうじゃ。新聞社のブースが大半で、テレビ局なんざぁ、隅っこにちょこっとあっただけらしいぞ」
「それ、いつの話です?」相沢が聞き返す。
「ワシが来たのが今から40年以上前だから、その前っていうと、昭和50年よりずっと昔の話じゃが」
「古すぎますよ、それは」
 テレビがまだ広く普及する前、つまり昭和30年代から40年代前半までは、八田の言うとおり、ここは、新聞各社がほとんどそのスペースを占領していた。中でも、新聞発行部数日本一のしのぎを削る東京日報新聞社と中央日日新聞社、新日タイムス3社の占有面積はかなりのもので、記者クラブに常勤する事件記者たちも各社4名から6名と相当の大所帯だった。だが、テレビ全盛の世になるにつれ、記者クラブに占めるテレビと新聞のスペース比率は逆転した。

《つづく》

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