ショートショート小説『幸せなテレビ』
男は、朝起きるとすぐに枕元のリモコンを押し、テレビをつけた。
朝のワイドショーが始まっていた。
「7月19日、朝のスポーツコーナーです」テレビ画面からスポーツキャスターの元気な声が聞こえてきた。
「へえ、昨日の試合、巨人、逆転したのか。あのまま見ればよかったな」
そんなことを呟きながらトレイに用意された朝食を食べ、画面に没頭する。
気がつけば、もう正午を過ぎている。男は慌てて昼食をとりつつ、それでもテレビから目を離さない。
結局、夜遅くまでずっとテレビを見続けた。ドラマ、ニュース、バラエティー。ジャンルに選り好みはないらしく、しかもそのテレビ局がよっぽどお気に入りなのだろう、一度もチャンネルを変えることなく、やがて男はベッドに潜り込み、テレビを消し、就寝した。
翌日、男は、目覚めるとすぐテレビをつけ、その日も一日中、画面を見続けた。
小窓から男の様子を見ていた白衣の青年が、やはり白衣の壮年男性に尋ねた。
「彼はどうして、毎日毎日、録画された同じ内容のビデオを飽きることなく見続けることができるんでしょうか?」
「逃避であり、自我を保つ唯一の自己防衛行動だよ。あのテレビの翌日、つまり8年前の7月20日、彼の妻と娘は交通事故で死んでしまった。それ以来、彼は、その前日をタイムリープのように繰り返すことで、妻と娘を失った現実を否定しようとしているんだ。彼にとって、7月19日のテレビは幸せだった日常の最後の象徴だ。だから彼はこれからも永遠に、妻と娘が死んでいない前の日のテレビを見続けることで、最愛の2人が存在した世界に生き続けるだろうさ」
白衣の男は、隣の新人医師の肩を叩き、小さくため息をついた。
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酒井直行
愛媛県出身。脚本家(日本脚本家連盟員)、小説家、漫画原作者。
代表作に、ドラマ「嫌われ監察官 音無一六」「医療捜査官 財前一二三」「京都金沢殺人事件シリーズ」、
特撮ドラマ「忍風戦隊ハリケンジャー」、アニメ「ドラえもん」、漫画「裁いてみましょ。」「Pハート」、ゲーム「ゼルダの伝説 ふしぎの木の実」「鬼武者」など。
新波出版では、Amazonkindleにて
Amazon「事件記者〈報道癒着〉」Amazon「死への目撃者」を刊行。
※これからも不定期で、酒井直行作の「ショートショート小説」を発表していきます。お楽しみに!