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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第12章(その1)最終章 「報道癒着」

著:酒井直行/原案:島田一男



第12章 (その1)
最終章 「報道癒着」

 小料理屋ひさごに、東京日報の新米記者である伊那が飛び込んできたのとほぼ同じ頃、警視庁捜査二課の捜査会議室に、東京地検特捜部の森検事正が入ってくる。
 会議室に集まっていたのは、捜査二課の刑事たち十数名と、東京地検特捜部の検事たち二十数名である。そんな三十名を超える混成部隊の彼らは、捜査指揮官の森検事正の入室を認めるや、すべての作業の手を止め、森に注視する。
「お疲れ様です。森検事正……上の判断は?」
 警視庁捜査二課チームのリーダー的役割を担っている美藤警部が森の顔色を窺いながら尋ねる。贈収賄事件の本丸である伊集院一郎を逮捕するかどうかの決断を東京地検特捜部部長に託していた、その答えを今、森が持ち帰ってきたのだった。
 森は美藤の質問に直接答えることなく、テーブルの上に置かれた、誰のかも分からない飲みかけのペットボトルのお茶を手にすると、それを一気に飲み干す。そして空になったペットボトルを忌々しそうに床に叩きつけた。
「部長め、今更になって怖気づきやがったっ!」
 森が吐き捨てるように言った。
 その言葉で一同は、東京地検特捜部部長からは、伊集院逮捕のGOサインが出なかったことを知った。
「そうですか」
 と言いながら美藤は内心ではホッと安堵していた。
 そもそも、この贈収賄事件、どうにも腑に落ちないところがいくつもある。なるほど物的証拠は一応揃ってはいる。特に、昨日、ビジネスホテルの屋上から転落死した伊集院一郎の公設秘書である露木功一のポケットに入っていた日記帳の発見は大きい。日記帳の去年の1月14日の頁には、贈賄側のゴミ処理場建設業者の社長からワイロとして現金1億円を受け取ったと露木が確かに書いている。日記帳以外にも、露木が自分で書いたことを認めている1億円の領収書、そして社長が1億円を入れて運んだスーツケースと、言い逃れができないような決定的な物的証拠が3つもあるのだ。だがおかしなことに、その3つ以外の証拠がどこにもない。まるでないのだ。あれだけ、大人数で徹底的に長時間強制捜査をしたにもかかわらず、新しい証拠は一つも出てこなかった。東京地検特捜部部長もおそらくは同じ疑念を抱いたからこそ、伊集院一郎の逮捕を見送ったに違いなかった。
「美藤、ちょっといいか」
 森が美藤だけを別室に呼んだ。森は、その部屋に美藤と自分以外誰もいないこと確認すると、
「美藤……明日、伊集院を任意で引っ張るぞ」
と言い切った。
「え!? でも、特捜部部長は逮捕はNOと……」
「だから任意なんだ。任意で引っ張った後、誘導尋問でもなんでもいい。ワイロを貰ったと受け取れる発言を引き出す。それをもって自供と判断し、逮捕する」
 森が淡々とした口調で恐ろしい内容を美藤に告げる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「取り調べは録音のみ。その録音テープをうまく切り貼りして、自供したように編集する。それが自供の最重要証拠となる」
「森検事正! それはいけません」
 美藤は慌てた。慌てて森を止めようとする。しかし森の暴走は止まらない。止められなかった。
「ヤツは100%ヤッている。黒だ。真っ黒だ。伊集院を今、逮捕しなければ、ヤツは次の衆議院選挙で国政に打って出る。犯罪者を国会議員なんかにさせてしまっていいのか。否。ダメだ。ダメに決まっている。今、ヤツを少々強引な手段ででも捕まえておかないと、死んだ露木一人のせいにして、ヤツは逃げ切ってしまう。ヤツを逮捕し、有罪にすることが正義なのだ……美藤、分かってくれ」
 森は血走った眼で美藤に必死で訴えかけた。
 美藤は考える。頭ごなしに否定しても森は納得しないだろう。ここはひとまず従うフリをし、その上で、森が間違った暴走行為に出ないよう、つまり冤罪をデッチ上げるような違法行為を犯さないよう、自分がしっかり監視するしかないと判断した。
「かしこまりました。森検事正の、犯罪を憎むお気持ちには私も同感です。では、伊集院一郎の任意での取り調べ、警視庁捜査二課を挙げてご協力いたします」
 美藤は森に頭を下げた。だが頭を下げながら、心では、数日前、同級生が自分に対して放ったあの言葉が思い出されて離れなかった。
「伊集院一郎が無実の可能性があると思うか?」
 あの時は、正直、聞き流していた。だがその翌日の強制捜査でも証拠らしい証拠が出なかったことといい、その直後、まるで無駄足だった強制捜査の代わりとでもいうように、キーパーソンの露木が転落死し、遺体のポケットから、必死に探しまわっても見つからなかった日記帳が発見されたのを聞いた時、美藤の心に相沢の言葉が蘇ってきたのだった。
「伊集院一郎が無実の可能性があると思うか?」
 加えて、露木の転落死に別の殺人事件で逃走中の事件記者が関わっていると知らされ、美藤の心のモヤモヤは一気に膨張していった。この数日間のいろいろな出来事が、何者かが、まるで伊集院の無実の可能性を一つ一つ消していっているような、そんな錯覚さえ感じてしまっていた。
「おお。ありがとう。それでこそ、お前を多摩の奥地からわざわざ呼び戻した甲斐があるというものだ」
 自分に従うと頭を下げた美藤に、森は相好を崩した。
「ただし、検事正……強引な取り調べはいけません。裁判でそこを突かれると、ひっくり返されてしまいます」
 美藤は念を押すことも忘れなかった。
「分かってる分かってるよ。さっき言ったのは、言葉の綾だ。少し言い過ぎた。忘れてくれ」
 森は笑って片手を軽く振った。
 美藤はそれを見て少し安心するのだった。

 同時刻。機動捜査隊の長谷部と上野は、警視庁の職員がよく顔を出すという新橋の安居酒屋で酒を飲んでいた。仕事を終え、帰りかけていた上野を長谷部が呼び止め、酒席を共にすることになったのだ。2人にとって初めてのことだった。
「どうして、自分を誘っていただいたんですか?」
 2杯目の芋焼酎のロックを舐めながら、4人掛けテーブルの向こう側にいる上野が、先輩に尋ねる。
「……例の、岩見って事件記者の件、お前はどう思っているのか、聞きたくてな」
 長谷部がジョッキの生ビールを流し込みながら答えた。
「自分は……自分は今でも信じられません。あのガンさんが、記者仲間を殺した上に、逃走までして、汚職事件の関係者を自殺に見せかけて突き落としたなんて……到底信じることができません」
 上野は、慎重に言葉を選びつつ、本心を伝えた。機動捜査隊員、警察官としてではなく、岩見を前々から知る人間として答えたつもりだった。
 この店は、安居酒屋なれど、どのブースもパーテーションで仕切られ、プライバシーが保護されている。だから気兼ねなく仕事の話をすることができた。警視庁の職員に愛されているのも、それが大きな理由の一つのようだ。
「だが、現場から見つかった証拠は、全て、ヤツの犯行を裏付けていた。これはどう見る?」
 長谷部が意地の悪い質問をする。
「珍しいですね。先輩はいつも、推理は捜査課の仕事だから、オレたちは推理するだけ無駄なことだなんて、いつも言っているのに」
 上野が不思議そうに聞き返す。
「仕事の上ではそうだ。だが今はプライベートだ。たまにはいいだろう」
 長谷部は普段の自説に反する問いかけをしたことを上野に気づかれて、少し慌てている。
「はい、自分もたまにはいいと思います」
 上野は長谷部の答えに満足したように頷いた。
「さっきの質問の答え、早く言え」
 長谷部が照れ隠しのように回答を急がせる。
「簡単ですよ。長谷部先輩と同じです」
「オレと同じ?」
「ええ。何者かがガンさんを罠に嵌めた。おそらく、その何者かは、東京日報の相沢キャップやヤマさんが追っている、伊集院一郎を有罪にしたい何者かのはずです」
「なるほどな。オレと同じだ」
 長谷部は笑った。そしてジョッキを上野のグラスに軽く当てる。後輩の推理が自分の考えと一致していることを確認できて嬉しかったようだ。
「それにしても……誰なんでしょうか? ガンさんに殺人の罪を着せ、伊集院一郎を汚職事件で有罪にしたい人物って……」
 上野が眉間にシワを寄せながら呟いた。
「オレたち機捜が手に入れることのできる情報は、現場に残されたブツしかない。後は、捜査課の連中が状況証拠や動機などをじっくり捜査して、真犯人を捕まえてくれるのを待つしかあるまい」
「そうだといいんですけど」
 上野が不安げにため息をつく。
「なんだ?」
 長谷部は後輩の態度が気になった。
「捜査一課に知り合いがいるんです。ほら、半年前の田無の連続殺人事件で、田無署の捜査本部に来ていた刑事たち……その中の、遠藤っていう自分より若い刑事がいるんですけど、彼から聞いた話では、捜査本部では、ガンさんは、汚職事件を取材する中で伊集院一郎と深いつながりができ、その流れで、汚職事件報道の急先鋒だった毎夕新聞の記事をストップさせられないかと伊集院本人から依頼され、記者の一人である桜井春乃に接近し、恋人関係になった後、汚職事件取材をトーンダウンできないか桜井春乃に依頼するも、拒絶され、そして反対に、取材対象である伊集院との不適切な関係を糾弾され、それを記事にすると脅された結果、逆上したガンさんが桜井春乃を殺害したと見ているようです」
「バカな……それは全部、表面だけの話じゃないか」
 長谷部が吐き捨てるように言った。
「ガンさんが東京地検から逃走したのが痛かったようですね。あれで、捜査本部の連中ほとんどがガンさん犯人説に傾いたようです。その上での、伊集院一郎の秘書の転落死です。ガイシャの胸の指紋がガンさんのモノと一致したことで、捜査一課の連中は、ガンさんが伊集院に頼まれて、秘書を突き落とした可能性が高いと踏んでいるみたいです」
「それじゃあ、真犯人の思う壺じゃないかっ」
 酒の力も手伝ってか、長谷部は苛ついていた。
「真実を知っているはずのガンさんは今も意識不明ですからね。このままガンさんが死んでしまうようなことになれば、捜査本部は、被疑者死亡のまま書類送検して幕引きさせるつもりです」
「ついでに伊集院一郎を汚職事件で有罪にする手土産をつけるって寸法か……これだから、捜査課の連中はどいつもこいつもダメなんだよっ!」
 長谷部が悪態をついた。彼は捜査課の連中を批難するのと同時に、捜査権を持たない機動捜査隊員である自分の無力さを嘆いていたのかもしれない。
 その時、店に入ってきた若い男が2人の目の前を通りすぎる。
 男は、長谷部と上野を認めると、立ち止まり、軽く会釈する。ピンと伸ばした背筋は、明らかに彼が同業者であることを証明していた。だが、長谷部と上野は怪訝そうに首を傾げる。2人にはその若い男に面識がなかったのだ。
「失礼しました。機動捜査隊の長谷部警部補と上野巡査ですね。自分は、警視庁警備部警備課の本田巡査であります」
 本田は笑顔で自己紹介した。
「どこかでお会いしていますか?」
 上野が申し訳なさげに尋ねる。
「ええ。毎日。何度も」
「毎日?……あ」その言葉で長谷部が思い出したようだ。
「1階のセキュリティゲートの」
「ああ」長谷部の言葉で上野も思い出す。「すみません。私服だと雰囲気が違っていて、分かりませんでした」
 上野が頭を下げるが、本田は笑顔で、
「よく言われますので気にしないでください。それじゃあ、ご歓談中、失礼しました」
 本田はそう言うと、小さく敬礼し、立ち去りかけるが、それを長谷部が呼び止めた。
「ひとり?」
「ええ。仕事終わりに軽く飲んで食べようかと。独り身ですので、独身寮に帰っても、コンビニ弁当と発泡酒ですからね」
「迷惑じゃなかったら、一緒にやらない?」
 長谷部が、上野の隣の空いている席を差しながら笑った。
 その10分後。
 本田は、長谷部と上野に、驚きの表情で見つめられることになる。
「本田さん……今、なんと?」
 上野がもう一度聞き直す。
「ええ。ですから昨日と今日の朝なんですけど、毎夕新聞の市村キャップのすぐ後をですね、東京日報に先週入ってきたばかりの伊那さんっていう若手記者が、隠れながらもそれでいて、市村さんをまるで尾行するみたいに何人かの後ろにピッタリくっついて本庁に入ってきたのを見て、自分、その光景をどこかで見たことがあるなあって思いましてね、そうしたら、それが、ここ数ヶ月の間、やっぱり、毎夕新聞の市村キャップが、朝、入庁されてくるすぐ後ろを、中央日日の岩見記者が決まってくっついて入庁された時期があったのを思い出したんです」
 顔が少し赤くなってきた本田が饒舌に何度も同じことを語る。
「ええ、ええ。そこは分かりました。さっきもお聞きしましたので。自分たちが聞きたいのは、その先です……それを、東京日報の伊那記者に伝えたんですよね? そうしたら、彼、なんて言ったんですか? そこをもう一度聞かせてください」
 上野が緊張のあまり早口になるのを懸命にこらえながら、本田を促した。
「ですから、伊那さん、私のその言葉に、こっちがビックリしちゃうほど驚いて……本当ですか? 本当に、岩見記者が市村キャップを尾行していたんですねって、何度も何度も念押しされまして……」
 本田がビールの入ったジョッキを持ったまま、今朝の伊那とのやり取りを思い出しつつ、長谷部と上野に身振りを交えて伝える。
「長谷部さんも上野さんもご存知かと思いますが、最近、記者クラブの人間と我々警察官が親しく話すのって、あんまりいい顔されないじゃないですか。昔は違ったみたいですけど、自分も、これまでその言いつけをずっと守ってきていたんですが、伊那さんは特別でしてね。先週、彼が初入庁した時、自分が、彼を怪しい人間だってことで、セキュリティゲートの先に入れなかったんです。それ以来、なんだか毎朝顔を合わすたびにいろいろと会話するようになって……その流れなんですよ。おはようございます伊那さん。この2日ばかり、市村キャップを尾行しているように見えますけど、それって何かの罰ゲームなんですか? 前は中央日日の岩見さんだったけどって、尋ねたんですよね」
 本田が、またぞろ同じ内容の話をし始める。どうやら彼は酔うと、傷のついたLPレコードのように、同じ内容をしつこく繰り返すタイプらしい。
 そんな本田を放っておきながら、長谷部が上野に顔を近づける。
「捜査課の連中は間違った方向に進んでいたが、東京日報だけは、真犯人に近づいているようだな」
「え? じゃあ……」
 上野が驚いて長谷部を見た。そして声を潜める。
「まさか……毎夕新聞の市村キャップが真犯人?」
「オレにはそう見える……だがしかし、全ての事件を市村が実行し、その犯行を岩見がやったように見せたとすると無理がある。真犯人は一人じゃない。少なくとも、もう一人。それも……おそらくは捜査関係者の中にいる」
 長谷部は、フウと、嘆きとも絶望とも違う、深いため息をつくのだった。

《つづく》

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