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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第11章(その2) 「仮説」

著:酒井直行/原案:島田一男



第11章 (その2)
「仮説」

 2日後。つまり6月23日の夕方6時過ぎ。
 小料理屋ひさごの座敷に、相沢と八田、そして山崎が集まっている。
「浅野のダンナは少し遅刻してくるそうです……あれ、伊那のヤツは?」
 座敷に入ってすぐ、山崎が伊那の姿がないことに気づいた。
「伊那ちゃんも遅れてくるはずです。頼んでいた仕事が長引いているようですね」
 相沢は、八田と山崎に向かって、浅野と伊那を待たずに始めましょうと告げる。
「じゃあワシから行こうか」
 そう言いながら八田が3枚の書類を取り出す。科捜研の副所長を通じて手に入れた岩見の指紋3種の写しを拡大したものである。
「3つともガンさんの右手の親指の指紋に間違いないようじゃ」
「ああ」と山崎が残念そうに息を漏らした。しかし相沢は違った反応を示す。
「やっぱり、全部一緒でしたか」
「ああ。全部、右手親指じゃった」
「他には?」
「不思議なことに、どの現場からも、この右手親指の指紋だけはクッキリと検出できているにもかかわらず、他の指の指紋は一つも出ておらんらしい」
 八田の情報に、山崎もようやくハッとなり、相沢の顔を見た。
「キャップ……これってまさか……」
「その通りです。私は、このガンさんの指紋、真犯人がワザと残したんじゃないかと踏んでおります」
「そんなことができるんでしょうか?」
「普通の犯人なら無理でしょう……普通の犯人なら」
 山崎の問いに、相沢はあえて謎めいた回答を返す。そして、
「ヤマさん、そっちの方はどうでしたか?」と山崎に課した宿題の成果を先に答えさせる。
「それが……どうにもこうにも……ガンさんと春乃ちゃんが親密な関係にあったというのは間違いないみたいです」
 山崎が大きくため息をつきながら、背広の内ポケットから手帳を取り出す。
「聞かせてください」
 相沢が先を促した。
「まず、捜査一課からのネタなんですが、殺された春乃ちゃんの所持品から、ガンさんのマンションの合鍵が発見されています。その合鍵ですが、その後の捜査一課の調べで、今から2ヶ月ほど前の4月9日、ガンさんが日比谷の合鍵店に出向き、鍵のコピーを注文していたことが判明しております」
「どうしてガンさんだと分かったんじゃ? 2ヶ月も前じゃあ、店員も客の顔なぞ覚えておらんじゃろうに。それとも、その店には防犯カメラでもあったのかい?」
 八田の疑問に山崎が明快な答えで切り返す。
「領収書です。ガンさんのヤツ、レシートとは別に、宛名を中央日日とした領収書を発行させていたんです。金額は540円です」
「ガンさんらしいのぉ。セコいっていうか、ちゃっかりしとるというか。じゃが、恋人のための合鍵はプライベートのものじゃ。それを経費で請求したら、いかんじゃろう」
「そうそう。そうなんです。そこなんです。ガンさんも我に返ったようですよ。結局、その領収書は、中央日日の経理に提出されず仕舞いで終わっています」
「詐欺罪で逮捕されずに済んだようじゃな。結構結構」
 八田が満足そうに頷いた。
「それ以外に、ガンさんと桜井くんの親密な関係を証明するものは?」
 相沢が話の先を急がせる。
「ホテルです。これも捜査一課の調べで判明したことなんですが、ガンさんと春乃ちゃんの2人は、3ヶ月前から約1ヶ月間、仕事帰りに頻繁に神田のシティホテルに部屋を取っていたことが判明しました。こちらはフロントの防犯カメラ映像に、仲良く2人がチェックインする様子がハッキリと残っているそうです。回数にして7回。大抵は3、4時間のステイ利用だったとのことです」
「宿泊は?」
「1度もなかったみたいです」
「おいおい。2人してホテルを利用していたのか。こりゃあ、男女関係を決定づけるトドメの証拠じゃないか」
 八田が思わず自分の頭をペシリと叩く。
 山崎も「やっぱり、そうなっちゃうんでしょうかねぇ」とため息をつきつつ首を横に振る。
「結局、ヤマさんが懸念した通りになってしまったわけじゃな。ガンさんと春乃ちゃんとの間に男女関係はなかったと証明したかったはずなのに、調べた結果、逆の証拠を見つけてしまったわけじゃのぉ。これぞ、ヤブをつついて蛇を出すの典型じゃ。それも体長2メートルを超える大蛇じゃ」
「トカゲかヤモリだったらよかったのに」
 山崎がボソッと笑えないジョークで答えた。
「でも妙ですね。ガンさんも春乃ちゃんも独身です。春乃ちゃんが社宅ということで、ホテルでの逢瀬を楽しんでいたというのは納得できますが、どうして宿泊ではなく毎回休憩利用だったんでしょうかね?」
 相沢の素朴な疑問に、八田と山崎が顔を見合わせ、首を傾げる。
「お金がもったいなかったんじゃろう? ほら、ガンさんは合鍵の代金まで会社に請求しようとしたぐらいセコい性格なんじゃから」
「なるほど。宿泊と休憩じゃあ、ホテル代が大きく異なりますからね。でもセコいっていうのはどうでしょうね? 普段のガンさんからは、あんまりお金に執着しているようには見えませんでしたけど」
 相沢の言葉に山崎も「そういえばそうですね」と頷いた。
 しかし八田だけは、ガンさんセコい説に則って話を続けるつもりのようだ。
「セコいからこそ、ホテルでのデートを早々にストップさせて、自分のマンションでの逢瀬に切り替えたんじゃろう。じゃから合鍵が必要だったわけだし」
「そうなんですけどねぇ……そうなんですけど、私はどうも、あのガンさんがお金のやりくりだけが目的で、ホテルをステイ利用したり、合鍵を作ったんじゃないんじゃないかなぁと思うんですが……合鍵の件だって、結局は、会社に領収書を提出していないわけですし……あ、そうだ。このホテル代の領収書はどうなっていますか?」
「そこ、やっぱりキャップも気になりますか? 実はオレも気になって調べました」
 山崎が食いついた。手帳に目を落とし、書いている内容を一度確認した上で、相沢と八田の方に顔を近づける。
「2月27日。おそらく最初に神田のシティホテルを利用した日付だと思われているんですが、この時は、中央日日の宛名で領収書を切ってもらっているんです。ステイ利用6500円。で、捜査一課が中央日日の本社経理部に確認したところ、しっかりと2月分経費の一部として請求されていました。項目は、取材対象とのインタビュー会場費となっております。ところがですね、それ以降、ガンさんは、ホテルのフロントに領収書を切ってもらうこと自体をやめているんです。当然、会社への領収書提出もなしです。つまり、残りの6回は自腹で現金で支払っていたようです」
「恋人とのホテル代じゃ。自腹なのは当然じゃ!」
 八田が口から泡を飛ばさんばかりに毒づいた。「どうせ、初回はウラさんの目を誤魔化して経理に通せたんじゃろうが、2回目以降は、さすがに、プライベートでの利用じゃないのかと怪しまれそうになって、慌てて領収書を出すのをやめたんじゃろうて」
「本当にプライベートだったんでしょうか?」
 相沢がポツリと呟いた。
「若い男と女がシティホテルの部屋で3時間も一緒にいたんじゃぞ。これがプライベートじゃなかったら、なんだっていうんじゃ?」
 八田の言葉に相沢が真顔で切り返す。
「取材。もしくは監視」
「え!?」
 山崎と八田が思わず息を呑んだ。
 その時、タイミングよく襖が開き、浅野が「遅れてすみません」と入ってくる。
「浅野のダンナ、ご苦労さまご苦労さま。ま、かけつけ一杯」
 相沢が、入ってきたばかりの浅野を隣の席に座らせ、グラスにビールを注ぐ。その上で、浅野に対し、これまでの話の内容を簡単にまとめて話して聞かせた。
「ありがとうございます。大体の流れは了解しました。オレが入ってくる前の話に戻してもらって結構です。途中で、ちょうどオレからも報告がありますので」
 グラスに注がれたビールを一気に飲み干した浅野が意味深な笑みを浮かべ、相沢を見た。
 相沢が頷いて、話を再開させる。
「八田さん、ヤマさん。ここは一つ、先入観っていうヤツを捨てて考えてみませんか? なるほど、普通にみて、3ヶ月前からのガンさんと桜井くんの行動は、どれも恋人同士の行動のように見受けられます。だけど2人は事件記者なんです。そこを忘れてはいけないと思います」
 相沢があえて強い口調で断言する。
 八田と山崎も顔を見合わせ、頷き返した。
「もう一度言います。先入観を捨てて考えてみましょう……ガンさんが中央日日の経理部に領収書を提出した時の内容が本当だとしたら? つまりホテルの部屋を利用したのは、恋人同士の逢引のためではなく、本当に、取材対象者とのインタビュー目的だとしたら? 最初はバカ正直にそれを会社に請求していたんだけど、なにかの不都合があり、2回目以降は会社にバレないようにする必要もあって仕方なく自腹を切ったのだとしたら? そう考えると、その約1ヶ月後からホテル利用ではなく、合鍵を作ってまで、ガンさんの自宅マンションにその隠密行動の場を移したのだと考えることもできるんじゃないでしょうか?」
 相沢の仮説を聞き終わるや否や、浅野が自分の出番が来たとばかりに身を乗り出した。
「キャップの今の話、案外、いい線行っているんじゃないかと思います」
「お、浅野のダンナ、なにか、手に入れたようだね?」
 相沢が期待を込めて尋ねた。
「ええ。ガンさんと春乃ちゃんが通っていたホテルの従業員の証言を入手したんですがね……興味深い証言なんですよこれが……3月中旬ということなので、おそらくは3度目か4度目のホテル利用の頃のようですが、部屋に入ったガンさんからフロントに、湯沸かしポットのお湯を床にこぼしてしまったので、雑巾を持ってきてほしいとの連絡があったそうです。そこでサービス係が雑巾とバスタオルを持って部屋に入ったところ、ツインのベッドの上には大量の書類が広げられていて、ガンさんと春乃ちゃんは、背広とスーツ姿のまま、書類の山を前に、なにやら難しい言葉で言い合いを続けていたそうですが、それは痴話喧嘩とかじゃなくて、冤罪だの物的証拠だの守秘義務だの、とにかく、そういった法律用語のオンパレードだったみたいです」
「ツインのベッドは両方とも使った形跡がなかったということですね?」
 相沢があえて確認する。
「ですね」
「ガンさんと春乃ちゃんは一体全体、ホテルで何をしていたんじゃ?」
 八田が首を傾げる。
「仕事ですよ。おそらく。それも、中央日日にも毎夕新聞にも知られてはまずい、極秘の仕事……」
 相沢が宙を見つめながら訥々と言った。どうやら、相沢の頭の中で、点と点が線になりかけているようだ。
「会社に内緒の仕事って、それはなんじゃ?」
「八田さん、思い出してください。ガンさんが任意で身柄拘束された直後、どうして接見相手に、直属の上司であるウラさんじゃなくこの私を指名したのかを……あれこそが、この事件を解く最初のヒントだったのかもしれません」
 点と点が線になり、そして面へと広がっていく。穴の空いていたジグソーパズルのピースがどんどん埋まっていくのを相沢は実感しつつあった。しかし同時にそれは恐ろしき事実を認めることでもあった。
「どうしてガンさんがこの私を接見相手に指名したのか? その答えは簡単です。ウラさんを接見相手にすると、当然、会社に知られてしまう。会社に知られてしまうと、それは巡り巡って、真犯人へと情報が伝達されてしまうことを恐れたんですよガンさんは。そう仮定すれば、どうしてガンさんと桜井くんが、わざわざホテルの部屋を取っていたのかも、合鍵を作ってガンさんの自宅マンションで人目を忍んで会っていたのかも、全て説明がついてしまうのです」
 相沢が確信めいた口調で大胆な仮説を解き始めたその時だった。再び座敷の襖が勢いよく開き、伊那が飛び込んでくる。
「遅くなりました! キャップ! やっぱりキャップの推理した通りでした!」
 興奮を隠し切れない伊那を見て、相沢が笑顔を向けつつも冷静に尋ねる。
「ご苦労さまご苦労さま……それで、証拠の方は?」
「それは……ダメでした。すみません」
 伊那がしょげて俯いた。
「いやいや、仕方ありません。伊那ちゃんはよく頑張ってくれました」
 相沢が伊那を励ました。
「おいおい相さんや。お前さん、伊那ちゃんにどんなスパイをさせたというんじゃ?」
「そうですよ。オレたち、一昨日の時も、伊那ちゃんへの極秘任務とやらの内容を聞かされていないんですよ」
 八田と山崎が不満を漏らす。
「すみませんでした。実は、伊那ちゃんには、この2日間、ある人をずっと尾行してもらっていたんです」
「尾行って、一体、誰を!?」
 浅野が驚いて山崎の顔を見る。山崎も首を横に振って、八田を見た。
「ワシに分かるわけないじゃろが」
 八田が山崎と浅野を睨み返す。その上で、八田は相沢を見る。
「相さん、まさか、伊那ちゃんに尾行させた人物っていうのは……ワシらが知っている人物なのか?」
「ええ。その通りです。顔見知りです」
 相沢が事もなげに答えた。
 山崎、浅野、八田が息を呑んだ。
「まだ証拠がないので、確定はできませんが……私は、今回の連続殺人事件の真犯人、もしくは真犯人に最も近い人物が、捜査関係者もしくは桜田記者クラブの中に潜んでいると読んでいます」
 相沢の衝撃発言に、八田、山崎、浅野が愕然として目を見開いた。
「真犯人が……」
「捜査関係者か記者クラブの中に!?」
 八田、山崎、浅野が目を白黒させて、お互いの顔を見合わせる中、相沢は更に衝撃的な仮説を打ち立てた。
「私の推理が正しければ、それは1人じゃなく、少なくとも2人いるはずです」
 相沢の言葉は自信に満ちあふれていた。しかしその言葉の裏に、悔しさと怒りが込められているのを、八田だけは気づいていた。
「相さん……」
 八田が小さく呟いた。

《第11章 終わり》

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