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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第10章(その1) 「連続殺人」

著:酒井直行/原案:島田一男



第10章 (その1)
「連続殺人」

 ホテルの防犯カメラ映像を捜査一課の松島が確認したのは、科捜研で、被害者の露木功一の背広の胸部から岩見孝太郎の指紋が検出される3時間ほど前のことだった。
 事件現場となったひのきホテルは築40年以上になる古いホテルということもあり、防犯カメラの台数はわずか3台、設置場所は正面玄関とロビー、エレベーターホールだけである。
 すでに捜査二課が朝のうちに、裏の従業員出入り口から非常階段を上がれば、外部の人間が正面玄関に張りついていた警備の刑事に見つかることも防犯カメラに映ることもなく、屋上へと上がることができることを突き止めていた。
 その情報を耳にしていた松島は、ダメ元で防犯カメラ映像を再生させた。収穫ゼロを予想していた松島だったが、正面玄関を映した防犯カメラ映像の中に、一瞬ではあるが、明らかに不審な動きをする人物の後ろ姿を発見する。
 その人物は、ホテルに入ろうとするが、正面玄関の表に立つ警備の刑事の存在に気づいたようで、慌てて踵を返し、元来た方へと足早に去っていった。カメラのアングル的に、人物の後ろ姿、それも首から下しか映っていないのが残念だ。
 しかし松島は、その、一瞬しか映っていない人物のある一点に注目した。靴である。映像を拡大したところ、その人物は革靴を履いていた。しかしよく見ると、それは革靴に似せたサンダルだった。松島はその革靴型サンダルに見覚えがあった。それは、逮捕され、拘置所に勾留された被疑者用に、警察が貸与している特殊なサンダルだったのだ。
 拘置所に勾留された被疑者は、自殺防止のためにネクタイと革靴の着用が禁止される。仕方なく彼らは強制的にサンダルを履くしかないわけなのだが、どうにもだらしなく見えてしまう。近年、被疑者の人権保護の観点から、一見すると革靴に見えるナイロン素材のサンダルの貸与が認められることとなった。防犯カメラに映っている謎の人物が履いていたのは、まさしくその、勾留中の被疑者専用に貸与されている革靴型サンダルだった。
「まさか……」
 松島は愕然と呟いた。そしてすぐさま東京地検に連絡を入れ、前日に地検から脱走した岩見孝太郎の逃走時、履いていたとされる靴の映像を取り寄せる。
「同じだ。同じ靴だ……なんってこった」
 松島は2つの映像を見比べ、思わず呻いた。
 東京地検とひのきホテルの両方の防犯カメラ映像に映っている革靴型サンダルは見事に同じタイプだった。慌ててひのきホテルの映像を見直してみると、後ろ姿だけとはいえ、背丈とシルエットも岩見に近い。
 防犯カメラ映像と、勾留中に貸与される革靴型サンダルの一致、そしてその後、科捜研からもたらされてきた被害者の胸に残された指紋照合、この3点をもって捜査本部は、岩見孝太郎が、露木功一を自殺に見せかけ、ホテルの屋上から突き落としたものとして、殺人容疑で全国に指名手配することを決定する。6月20日夕方5時18分のことである。

 機動捜査隊員の長谷部からの電話を切ると相沢は、大きく息を吐いた。
 どうなっているんだ。ガンさんが更なる殺人を? ありえない!
 相沢は思いつめた様子で天井を仰ぎ見る。頭の中が混乱している。
 いつの間にか八田も東京日報のブースに入ってきている。そして相沢の様子を訝しむ。
「どうしたんじゃ? 珍しいこともあるもんじゃのぉ、相さんがこの世の終わりを迎えるような顔をしとる」
「この世は終わりませんけど、ガンさんはもう終わりかもしれません」
 相沢が精一杯の皮肉で返答する。
「ガンさんが終わり? どういう意味なんじゃ? 捕まったわけじゃなさそうじゃが」
「捕まってくれたならどれだけ嬉しいか」
 ため息をつきながら相沢は八田に、長谷部からの電話の内容を話して聞かせた。
「なんじゃと!?」
 八田も言葉を失った。そして険しい表情で八田も相沢と同じように天井を見上げるのだった。
「でもこれでハッキリと分かったことがあります」
 相沢が天井を見上げたまま言う。
「なんじゃ?」
 八田も合わせて、わざと視線を天井に向けたまま尋ねる。
「東京地検からの脱走はともかく、ガンさんが2つの殺人について無実だと仮定すれば、答えは一つしかありません」
「ああ。そうじゃな。ガンさんはハメられたんじゃな。それ以外、考えられん」
「八田さんもそう思われますか?」
 相沢が初めて嬉しそうに天井から視線を下し、八田に向ける。
「そうじゃなきゃ、理屈に合わんわい。おそらくは地検の脱走騒動も、仕組まれたものじゃろう。露木殺しの犯人に仕立てあげるための、な」
 八田が厳しい表情で言った。恐ろしい仮説だった。
「私もそう思います。だけど、もはや捜査本部は、ガンさん犯人説で突っ走ることでしょう」
「ガンさんめ、今はどこにいるのやら? ちゃんと食べておるんかいのぉ」
 八田が今更ながらに、食い意地の張った岩見を心配する。
「ガンさんのことです。なにはなくとも食べ物だけはしっかり確保しているはずです」
 相沢が苦笑する。
 いつだったか、上野山谷地区の、日雇い労働者の高齢化問題を特集取材した際、日雇い労働者の生の声を聞くために、1週間、彼らに混じって公園で寝泊まりしたり、シラミや南京虫に刺されつつも一泊1200円の安い木賃宿に寝泊まりしてまで、リアルな突撃レポートを書いてくれた岩見を思い出していた。彼なら、無一文でもしばらくは生きて行ける、それだけのバイタリティーがあると信じていた。
「新聞は読んでくれておるのかのぉ? 特にウチの記事は目にしてほしいんじゃが」
「彼もブンヤの端くれです。ちゃんと読んでくれていると信じましょう」
 相沢が少しだけ笑みを八田に向けたその時だ。相沢が何かを思いつく。
「……そうか、その手があったか!」
「なんじゃ?」
 八田が尋ねるも相沢は答えず、いきなり椅子から立ち上がる。その瞳は輝いていた。
「八田さん、このヤマはもう、ウチだけで処理できる問題ではなくなっています。桜田記者クラブ全体の協力が必要です」
 そう言うと相沢は、力強い足取りで記者クラブの共有スペースに集う事件記者たちの前に向かう。そこには毎夕新聞社を除く桜田記者クラブ所属各社の記者たちが揃っていた。
「みなさん、落ち着いてよく聞いてください」
 テーブルに並べられた夕刊紙面を眺めつつ、お互いの批評をし合っていた記者連中が一斉に相沢を見た。
「もうすぐ広報課から内線があると思いますが、先にお伝えしておきます。捜査本部がガンさんを露木功一殺害容疑で指名手配するそうです」
 相沢はわざと平静を装い、淡々と述べた。
 ソファーにいた事件記者たち全員が一瞬、呆けた顔をする。みんな、相沢の言っている意味を理解できずにいた。
「相さん、なにか寝ぼけてるんじゃないんですか?」新日タイムスの熊田キャップが強張った表情に作り笑いを浮かべて言った。「ガンさんが殺したと警察が主張しているのは桜井くんですよ」
 荒木記者も熊田に続く。「それに露木功一は自殺じゃなかったのですか?」
「捜査本部は、ガンさんが、露木功一を自殺に見せかけて屋上から突き落としたと決めつけているようです」
 相沢はあえて無表情のまま長谷部から聞いた情報だけを伝えた。
「はぁ!?」「そんなバカなっ!」誰かと誰かが素っ頓狂な声を上げた。
 その時、ソファーの横に置かれてある広報課からの直通内線電話が鳴る。
 一番近くにいた毎朝新聞の鶴岡キャップが受話器を取り、応対する。そして、
「……相さんの言った通りです。捜査本部が、ガンさんを露木功一殺害容疑で逮捕状を請求しました」
 電話を切り、記者一同を見回した鶴岡の顔は白く青ざめていた。
「ガンがやったという決定的な証拠でもあるというのか!?」
 中央日日の浦瀬キャップが叫んだ。悲痛な声だった。
「被害者の胸部にガンさんの指紋が、それとホテルの防犯カメラにもガンさんらしき人物が映っていたそうです。犯人が履いていた靴とガンさんの靴が一致するとの情報も入っています」
 鶴岡が広報課から聞いたばかりの情報を全員に伝える。
 誰もが押し黙った。みな、頭の中が混乱しているようだった。
 しばらくの間の後、
「ガンさんが春乃ちゃんに続いて、汚職事件の重要参考人を殺したって!?」
「そんなこと、信じられるわけない」
 記者たちが一様に戸惑いを声に出し、顔を見合わせる。
「そもそもガンがどうして露木功一を殺すんだ? 動機がない。全く接点がないじゃないか!」
 浦瀬が叫ぶように言った。
「ウラさんの言うとおりです。春乃ちゃんを殺したっていうのだって今でも全く信じられないんだけど、彼女の場合は事件記者仲間だし、私たちが知らなかっただけで恋人だった可能性もあるわけで、痴話喧嘩のもつれなり金銭トラブルなり、動機はなんとでも想像がつく。だが、今度の相手は大物都議会議員、伊集院一郎の秘書ですよ。接点といったら、汚職事件の取材対象だったぐらいじゃないですかね。動機も全く想像できないですよ」
 ようやく落ち着きを取り戻した荒木が論理的に、岩見が露木を殺したとする捜査本部の決定を否定してみせる。
 他の記者たちも「そうだそうだ」とざわつきはじめる。
 それを相沢の次の言葉が沈黙へと変えた。
「それが……どうやらあるみたいなんですよ。ガンさんには、伊集院一郎との関わり合いが」
「え?」浦瀬が相沢を見返した。「相さん、なんだそれ? ガンと伊集院一郎とが知り合いだったっていうのか? 初耳だぞ」
「ウラさん、申し訳ない。他のみんなにも黙っていたんですがね、ガンさんが正式に逮捕される前、オタクの顧問弁護士さんから連絡があって、私、ガンさんの接見に出向いたんです」
 相沢が浦瀬に頭を下げる。
「どうして相さんが?」浦瀬が驚いて尋ねる。
「ガンさんの指名です」
「ガンの?」
「どうしてウラさんじゃなくて私だったのかは今でも謎です。だけど、問題はそこじゃないんです。ガンさんは短い接見時間で私に何を訴えたと思いますか?」
「そりゃあ、自分は無実だ、桜井くんを殺していないって、相さんに言ったんじゃないのか?」
 毎夕新聞の亀田が即座に答えた。他の記者たちもみんな頷いて同意する。
「それが違うんです。伊集院一郎は無実だ、ってそれだけを私に強く訴えたんです」
「はあ」「意味が分からん」「なんで?」記者たちが一様に首を傾げた。
「ええ。私もその時はそう思いました。自分が殺人容疑で逮捕されようとしているのに、なんで他人の冤罪を心配しているのだ、と。だけど、その後、東京地検を脱走し、その上、こうして今また、伊集院一郎の秘書の殺害容疑で指名手配された今ならはっきりと分かります……桜井くんの事件と今回の露木功一さんの事件、そして伊集院一郎の汚職事件はすべて密接に関わっていたのだと」
 相沢が全員の顔をゆっくりと見回し、強く断言する。もう誰も反論する者はいなかった。
「相さん、ちょっとおさらいをしていいですか?」
 険しい顔つきの浦瀬が手を挙げる。
「どうぞ」相沢が浦瀬の次の言葉を待つ。
「オレはガンの無実を信じたい。食い意地ばかり張った、おっちょこちょいで、少し抜けている部下だけど、事件記者としては優秀でかわいいヤツです。だから、ずっと信じ続けてやりたいと思っていた……だけど、今の相さんの話を聞いて、オレはもう……ガンを信じられなくなってきた」
 浦瀬が今にも泣き出しそうな苦悩の表情で声を絞り出す。
「どうしてでしょう?」相沢が尋ねる。
「オレはね、ガンのヤツが、自分が捕まりそうなのに、伊集院一郎の無実を叫んだっていうのがどうしても引っかかるんです。こうは考えられませんか? ガンの野郎が、伊集院一郎の汚職事件を取材する中で、個人的に伊集院本人と深く知り合った……もちろん、そんな事実、オレはこれまで聞いたことはありませんでしたが、だがしかし、とにかく伊集院本人との関係性が強まる中、伊集院からガンのヤツが、ある依頼を受けたのだと推理するのが自然なのではないでしょうか?」
「依頼? なんじゃそりゃ? どんな依頼なんじゃ?」八田が質問する。
「……報道操作ですよ」
 浦瀬が短く言い切った。
 誰かの「あっ」と息を呑む声が聞こえた。
 浦瀬は一同を見回し、続ける。「伊集院の汚職事件はマスコミ先導で世間に広まった事件だ。特に毎夕新聞の連続スクープが大きかった。そこで伊集院は、ガンを手懐けた上で、毎夕の桜井春乃くんと親しくなるように指示を出し、その上で、毎夕新聞の自分に対する汚職報道をストップさせるなり、弱めるなりするよう、命令した」
 浦瀬がそこまで仮説を話した時、新日タイムスの荒木が話を引き継いだ。
「なるほどね。だんだん見えてきましたよ。もしかしたらガンさんは、金で買収されたか弱みを握られたかして、伊集院から脅されていたのかもしれませんね。とにかく、ガンさんはイヤイヤながらも、伊集院の命令に従い、春乃ちゃんと親しくなって、汚職事件取材をトーンダウンさせるよう、春乃ちゃんに頼み込んだが、春乃ちゃんはそれを拒絶する! そして反対に、取材対象である伊集院との不適切な関係を糾弾され、それを記事にすると脅されるかして、カッとなったガンさんが春乃ちゃんを殺害した!……と、こういう仮説ですね?」
「アラさんっ!」
 それまで黙って聞いていた東京日報の山崎が荒木の断定的な言い方を責めるが、
「あくまでも仮説だよ仮説。それもウラさんの説を引き継いで話しているんだ。文句ならウラさんに言ってくれ」
 荒木は意に介さず、仮説を最後まで続ける。
「その後、春乃ちゃん殺害容疑で逮捕されたガンさんだったが、自身の送検取り調べの際、もうすぐ地検特捜部による伊集院一郎への一斉強制捜査が行われることを知ってしまい、それを阻止するべく、東京地検を脱走した。その後、ガンさんは露木のホテルへと出向き、屋上へと呼び出した上で、重要な証拠である日記帳を強奪するべく揉み合いになるが、どうしても日記帳の在り処を明かそうとしない露木に業を煮やし、と同時に、捜査本部の厳しい追及に露木がおそらく耐えられないであろうことを予測し、口封じの目的で屋上から突き落とした。死んでしまえば死人に口無しだ。汚職は全部、彼の独断だったと罪を着せることができるからな……なるほどな、これで全ての辻褄が合うってことだ」
 浦瀬、荒木と引き継いでまとめ上げた仮説に、一同が納得したように押し黙る。有無を言わさない完璧な推理だった。
「相さん、どうですか?」
 荒木が相沢に尋ねた。仮説に穴があるかどうかを尋ねているのだ。
「見事な仮説、見事な推理です。ほとんど矛盾する部分がないと思います」
 相沢は思ったままのことを口にする。
「だけど、やっぱりガンさんは無実です」しかしすぐに否定した。「あのガンさんが、人を2人も殺すはずないじゃないですか」
「だが現に、東京地検を脱走していることは紛れもない事実なんですよ」
 荒木も引かない。
「その点は確かです。でも、こう考えてみたらどうでしょう? ガンさんは東京地検から自らの意志で脱走したのではなく、脱走せざるをえなかったとしたら?」
「なんですかそれ。せざるを得ない理由ってなんですか?」
 相沢の仮説に荒木が異を唱える。
「分かりません。分かりませんが、私にはどうしてもそう思えて仕方がないんですよ」
「それは相さんの主観だ。いいかい相さん。オレたちはブンヤだ。もちろんガンさんの無実を信じたい。だけど新聞記者として、さっきの仮説に信憑性があるかどうかの取材をしてもいいんじゃないのかな?」
 部下の荒木の肩を持つように、熊田キャップが相沢の目を真っ直ぐに見つめながら言った。
「ええ。どうぞ。新日さんがそうしたいというなら、私は止めません。だけどその前に、この桜田記者クラブの全ての新聞社に協力してほしいことがあるんです」
「協力?」
 記者たちが不思議そうに顔を見合わせた。
「全社といっても、今日も毎夕さんは来てないんだぞ。市村さんにも力を?」
 鶴岡キャップが周囲を見回しながら言った。
「もちろんです。特に毎夕さんには絶対に参加してもらいたいと考えております」
 相沢は強い口調で言い切った。

《つづく》

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