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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第9章(その1) 「自殺」

著:酒井直行/原案:島田一男



第9章 (その1)
「自殺」

 機動捜査隊の出動命令はいつも突然だ。
 6月20日のその日も、長くて退屈だった深夜の待機勤務を終え、タイムカードを押そうとしたその時にいきなりやってきた。朝5時半過ぎのことである。
「長谷部、悪いな。赤坂で飛び降りだ。行ってくれるか」
 機動捜査隊の工藤隊長が内線電話の受話器を持ったまま、帰り支度途中の長谷部に声をかける。
「了解です」と長谷部は、ロッカーから取り出しかけていた通勤カバンを元に戻しつつ首を傾げる。「内線から、ですか?」
「ああ。それも捜査二課からだ」
 工藤が苦笑する。
「厄介ごとに巻き込まれるのはイヤなんですけどね」
 長谷部も、工藤の苦笑いの意味にすぐに気づいたようだ。
 機動捜査隊の出動命令は、警視庁通信指令センターから指令されることがほとんどである。
 事件事故を目撃した一般市民から110番通報があった後、所轄警察の警官が現場に急行し、警官が通信指令センターへ報告、その報告を元に、センターのトップである通信指令官が機動捜査隊出動の可否を判断する。不審死や他殺が疑われる場合、通信指令官は、機動捜査隊に出動命令を出すと同時に、所轄署と捜査一課へ捜査本部設置に向けた連絡を入れる。これが、機動捜査隊に出動命令が入る流れの基本であり、捜査課から機動捜査隊へ出動要請の連絡が入ることはほとんど例がない。
 そもそも機動捜査隊は初動捜査専門の捜査チームであり、捜査課は、その初動捜査を受けて、その後、じっくりと捜査するチームである。順序が逆なのだ。特に今回は、殺人などを担当する捜査一課ではなく、二課からの出動要請だというではないか。厄介な事案であることはすぐに想像がついた。
 鑑識機材を準備し、地下駐車場へと降りてきた長谷部を、先回りして、すでに機動捜査隊捜査車両のスカイラインのエンジンを温めていた上野が、運転席から声をかける。
「先輩、こっちです」
 長谷部は無言で上野の隣に乗り込む。上野はすぐさまスカイラインを出発させる。
「赤色灯を回せ」
「はっ」長谷部の指示に、上野は嬉しそうに、ダッシュボードの下、ハンドルの左下付近にある赤色灯とサイレンのボタンを押す。スカイラインの天井部に埋められている赤色灯がポップアップする。
 警視庁の地下駐車場を出たスカイラインはまだ人気のあまりない桜田通りをけたたましいサイレンを鳴らしながら赤色灯を回し赤坂に向かう。
「自分、機動捜査隊に入って、赤色灯を回すの、初めてですよ」
 上野がニンマリと笑っている。
「そりゃそうだ。通常、オレたちは、誰にも知られずに真っ先に現場に急行しなければならない。これみよがしにサイレンを鳴らしながら出向くことは滅多にない」
 長谷部は不愉快そうに答える。
「ま、どうせ急いで向かったところで、今回は一番乗りじゃないんだから、サイレンを鳴らしてかっ飛ばしてもあまり意味はないんだが」
「どういうことですか?」
 上野が怪訝そうに長谷部を見た。そこで長谷部は、新人隊員に、今回の出動命令が捜査二課からの内線電話だったことを話して聞かせる。
「なんで捜査二課なんですかね? 二課といえば経済犯罪専門ですよ」
 上野もまた、同じ疑問に気がついた。
「二課が追っていたマルタイ捜査対象者が絡んでいるんだろうな」
「二課のマルタイということは、横領事件とか汚職事件の容疑者ということですかね」
「たぶんな。経済犯は追い詰められると自殺する傾向が極めて高い。今回もその可能性があるぞ」
「それにしては変ですよ。ビジネスホテルの駐車場に遺体があるということは、ホテルの屋上とか上の階からの飛び降りということですよね。だったら、従業員か客が遺体を発見して110番したはずです。それなのになんで、通信指令センターからじゃなくて、二課からの連絡なんですかね?」
 数カ月前まで田無署で刑事をやっていただけのことはある。上野は、すぐさま長谷部が抱いたものと同じ疑念を感じ取った。
「考えられる可能性は、自殺したマルタイが、監視対象者だったということだ」長谷部が小さくため息をつく。
「監視対象者? つまり、二課の刑事が張り付いていたにもかかわらず、自殺させてしまったということですか?」
「それ以外、二課から直接内線電話で出動依頼が来た理由が思いつかん」
 長谷部が、もう一度ため息をつく。「現場が荒れそうだな。とっとと現場検証をして、捜査一課にバトンタッチするぞ」
「ああ、そうか……やっぱり一課になるんですよね、捜査の主導権は」
 上野が独り言のように呟いた。
 単なる自殺と即断できれば一課の出る幕はないだろうが、二課がマークしている容疑者の自殺だとなれば、さすがに右から左へと自殺処理していいはずがない。一応、捜査一課が、事件性も含め、しっかりと捜査するべき案件になるはずだ。
「でも、二課の連中が、一課に任せるんですかね? 警視庁の捜査一課と二課って、あんまり仲いいイメージがないんですけど」
「知るかっ」長谷部が吐き捨てるように言い切る。「どことどこが仲がいいかとか悪いとか、どこが捜査の主導権を握るかなんて、初動捜査しか担当しないオレたちには何の関係もない話だ」
「ですよね」
 上野は、機嫌の悪い長谷部に気を遣って、相槌を打つしかなかった。

 赤坂のひのきホテルは、客室数40、5階建てのこぢんまりしたビジネスホテルである。創業は昭和45年と古い。檜町園のすぐそばに位置している。上野と長谷部の乗ったスカイラインがホテルの表までやってくると、すでに赤坂警察署の制服警官たちによって非常線が張られているのが見えた。
 バリケードテープを外してもらい、スカイラインを駐車場へと入れる。周囲にはパトカーが5台も集結している。覆面パトカーも数台あるようだ。
 車を降りた長谷部はぐるりと周辺を見回した。
「二課の連中だけじゃなくて、一課の刑事たちも揃っているな。オレたちの出番はもうないな」
 とボヤく長谷部に、一人の刑事が気づき、近づいてくる。捜査一課の松島警部補だ。松島は捜査一課7班の班長である。
「長谷部さん、待ってましたよ」
「松島さんが来ているということは7班が担当ですか?」
「それはどうだろう? 3日前、2班が、神田の例の、ほら、事件記者が事件記者を殺した事件で出て行っちゃったもんだからね。空いているのはウチと5班しかいないからね今は」
 警視庁捜査一課には9つの殺人捜査専従班係がある。それ以外にも、強盗傷害専従捜査班が6つ、放火事件専従捜査班が2つ、誘拐や人質立てこもりなどの特殊犯罪捜査班が3つなどなど、事件の種類によって細かく捜査チームが分けられている。その中でも9つある殺人捜査専任チームは、都内で殺人事件が発生するたびに、自動的に、手の空いているチームが担当を割り振られ、所轄警察署の刑事たちとタッグを組み、捜査に当たることになっている。このところ、殺人事件が連続して発生したせいで、現在、捜査一課の殺人捜査専任チームの中で手が空いているのは、松島がリーダーの7班と、もう一つ5班しか残っていないのだという。
「でもまあ、ただの自殺なら、捜査本部を作るまでもないだろう。実況見分、よろしく頼むよ」
 松島がポンと長谷部の肩を叩く。
「ウチが出る必要あるんですか? 捜査一課の鑑識に任せたらいいじゃないですか」
 ちょうど駐車場に入ってきた大きな鑑識車両を横目で見つつ、長谷部が嫌味を言う。
「そうもいかんようだよ。あっちがさ」
 松島が肘で長谷部の脇腹を突く。突かれた方を振り向くと、そこには捜査二課の連中がいかめしい顔つきで、長谷部と松島の2ショットを腕組みしつつ睨んでいる。
「二課のヤツラ、オレたち仕切りの現場検証じゃあ不満らしい。だから、順序は逆になるんだが、機動捜査隊に来てもらって、第三者の公平な視点から実況見分をやってほしいんだとさ」
 松島が呆れたように鼻で笑った。
 ちなみに、実況見分と現場検証は同じものだ。ただ、裁判所の令状があって行うのが現場検証で、令状なしにとにかく時間との勝負で素早く行うのが実況見分である。
 長谷部と松島の会話を隣で聞きながら、上野はようやく、捜査二課の内線電話で自分たちが出動させられた理由が分かった。
「自分んトコの監視の目をかいくぐって自殺されちまったモンだからさ、ヤツラ、ただの自殺にしたくないみたいなんだよね」
 松島がため息交じりに二課の連中を冷たく見やる。
「状況は理解しました。ありがとうございます」
 長谷部が松島に小さく敬礼する。そして車に戻ると、トランクを開ける。実況見分用に、頭にはビニールキャップを被り、マスクをし、両足の革靴の上から専用の証拠保全用ナイロン袋を被せ、薄手の手袋を嵌めた手で鑑識機材一式を持つと、同じ格好に着替えた上野と共に裏の従業員専用駐車場へと向かう。
 遺体発見現場である従業員専用駐車場は建物とボイラー室との間に挟まれた、表からは見えにくい場所にあった。建物から2メートルほど離れたところにブルーシートがかけられている。
 現場保全をしている制服警官に敬礼し、長谷部と上野が、ブルーシートをめくる。
 遺体がそこにあった。
「ほお」
 長谷部が、「驚き」とも「意外」とも取れる感嘆詞を口にする。上野もその理由にすぐに気がついた。
「投身自殺の遺体で仰向けっていうのは珍しいんですよね?」
 上野は、アスファルトに横たわっている遺体と目が合ってしまった。遺体は、ホテルの建物に足を向けた状態で上を向いて横たわっている。小柄で痩型。背広姿だ。革靴も履いたままである。
「数から言うと、うつ伏せの三分の一以下だろうが、まあ、なくはない。なくはないのだが……」
 長谷部が、飛び降りたと思われるホテル建物の屋上の方を見上げた。屋上には捜査一課の刑事らしき複数の人影が見える。
「かなり高いところから勢いよく飛び降りた場合、空中で一回転して、地面に激突する時には仰向けになっているっていうのはよくある話だ。だが、この高さで、建物との距離もあまりない現状で、一回転したとは考えにくいな」
「じゃあ、なんで?」
「簡単さ。後ろ向きに飛び降りたら、そのまま背中から地面に激突して、仰向けの遺体になる」
「なるほど」
 上野が素直に納得しかけるのを長谷部がバカにする。
「冗談だよ。どこの世界に、投身自殺するのに後ろ向きに飛び降りるヤツがいるんだ。さ、とっとと検死を始めよう」
 長谷部は合掌すると、素早く検死を開始する。上野の手を借り、仰向けになっている遺体を一度ひっくり返して、致命傷となったとみられる後頭部の損傷具合から、肩や背中、腰骨の状態を細かく見分していく。
 思ったほど、頭部の損傷は激しくない。普通、投身自殺の遺体は頭部が破裂したスイカのように見るも無残な状態になっていることが多いのだが、この遺体はそれほどではない。
「後頭部頭蓋骨損傷、両肩甲骨粉砕、腰椎骨折……こりゃあ、後頭部から激突したんじゃなくて、背中から地面に叩きつけられたカンジだな」
「どういうことなんでしょうか?」
 長谷部の実況見分を細かく調書に書き留めながら上野が質問する。
「さっきの話が冗談じゃなくなってきたということだ」
「さっきの話?」
「マジで後ろ向きに飛び降りた可能性が出てきたってことだ」
「まさか」
「そうじゃなければ……誰かに胸を押されて、後ろ向きに突き落とされたか、だな」
 マスク越しに聞こえる長谷部の声のトーンが明らかに変わって聞こえてきた。
「え!?」
 上野は思わず聞き返した。
「上野、被害者の胸の辺りの遺留物を丁寧に採取しろ。こりゃあ、ひょっとするとひょっとするぞ」

 実況見分を終えた長谷部と上野がホテル表の駐車場へと戻ってくると、待ちかねたように3人の人間が取り囲む。
 一人は捜査一課7班の松島警部補、そして……。
「上野くん……田無署の上野刑事じゃないか。久しぶりだね」
 もう一人が、マスクを外す上野の顔を見て、驚きの声を上げた。
「美藤副署長! どうして!?」
「知り合いか?」
 長谷部が上野に尋ねる。
「はい。五日市警察署の美藤副署長です。三多摩地区合同防犯訓練でお世話になったことがあって……」
「上野くん、今は私、捜査二課に出戻っているんだ」
 美藤が小さく笑った。「そういう君も、機動捜査隊に入隊したとはね。おめでとう」
「ありがとうございます」上野が頭を下げる。そして顔を上げた時、残りの一人と目が合った。
「こちらは東京地検特捜部の森検事正だ」
 上野の視線に気づいた美藤が、森検事正を紹介する。
「挨拶はいい。検死の所見を聞かせてくれ」
 森が苛ついた口調で上野と長谷部を急かす。
「失礼しました。正式には鑑識および科捜研の意見も入れての判断になりますが、機捜としては、他殺の可能性が高いと見ています」
 長谷部の言葉に、美藤と森が息を呑むのが分かった。
 松島が長谷部に「根拠は?」と理由を尋ねる。
 長谷部は、遺体がうつ伏せではなく仰向けであること、頭から転落したのではなく、背中全体を地面に激しく叩きつけられた形であること、革靴を履いたままであること、死亡推定時刻が深夜2時頃であるにもかかわらず背広姿のままであること、シャツの襟元のボタンが一つ千切れていること、そして襟元あたりの繊維が引き裂かれたようになっていることを淡々と伝えた。
「こういうことか? 何者かが、人目を避けるために被害者である露木功一をホテルの屋上へと呼び出し、何らかの話し合いが行われたが揉み合いとなり、被害者は後ろ向きに突き落とされた、と」
 森が、実況見分から犯行当時の状況を即座に推理する。
「実際、ウチの課員が先ほど、屋上のコンクリートに落ちていたシャツのボタンを発見しております」
 松島が補足する。「それと、被害者の背広の胸辺りから、第三者の指紋が検出されました」
「ほお」と森が興味深そうに頷きつつ、「シアノアクリレートスプレーを使ったのか?」と尋ね返す。
 シアノアクリレートとは、元来、瞬間接着剤の成分である。それを特殊な技術で霧状に加工したのがシアノアクリレートスプレーである。これまで、布からの指紋採取は難しいとされていたが、このスプレーを噴霧することで、布の表面に付着した指紋をくっきりと浮かび上がらせることができるようになったのだ。
「すぐさま科捜研に送り、指紋の照合をさせております」
「うん。分かった。ご苦労さま」森検事正は満足したように頷いた。そして隣に立つ美藤に振り向いた。
「よかったな。これで自殺を防げなかった二課の警備責任を追及する声はなくなるだろう」
「ありがとうございます。とはいえ、他殺となったらなったで、新たに、ホテルの正面玄関前で監視していたのに、殺人犯をみすみす招き入れた責任を追及されそうです」
 美藤は小さくため息をついた。

《つづく》

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