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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第8章(その2) 「逃亡」

著:酒井直行/原案:島田一男



第8章 (その2)
「逃亡」

「キャップ! ご苦労様です」
 逃走現場となった1階男子トイレの手前、立ち入り禁止のバリケードテープの前で相沢を出迎えた山崎が一礼する。
「で、状況は?」
 相沢の質問に、山崎と浅野は、知りうることの全てを伝える。
「こんなに早くに送検手続きをしていたとは、迂闊でしたね」
 相沢がまず、送検が予想していたより丸一日以上早かったことを悔しがる。
「桜井春乃殺しについて、送検取り調べの際、ガンさんは検事にきっぱりと否認したそうです。それなのに逃走してしまったら、自らの犯行を認めるようなものじゃないですか。意味が分かりません」
 浅野が歯噛んだ。
「ガンさんは一人で逃走したの? それとも誰かが手引きしたとか?」
「今のところ、手引きした人物がいるとは思えないですね」と山崎が首を傾げたその時だった。背後から、「山崎さん、浅野さん」と声をかけてくる人物がいる。
 振り返ると村田刑事と遠藤刑事である。神田警察署から駆けつけてきたらしい。
「ムラチョウさん、エンちゃん……この度は……」
 山崎たちが、複雑な表情で村田と遠藤に一礼する。
 一方の村田と遠藤は、憮然とした表情で山崎たちを見ている。
 村田たちの機嫌が悪いのも当然だ。逮捕したはずの容疑者を逃亡させてしまったのだ。東京地検に送致中の出来事であり、村田と遠藤には直接の管理責任がないとはいえ、移送警護は警察の管理範囲である。逃走を許してしまった制服警官一人にその責を負わせるわけにはいかない。間違いなく、村田と遠藤もその責任の一端を背負わされることだろう。
「お二人から、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
 村田が不機嫌そうな表情のまま、山崎と浅野を別室へと連れて行こうとする。
「ちょっと待ってくださいよ。ムラチョウさん、これは何の取り調べですか?」相沢が山崎と浅野の前に立ちはだかった。
「決まってるじゃないですか。岩見の逃走を手伝った人間がいるんです。それを特定するためですよ」
 村田が、さも至(し)極(ごく)当然のように言い切った。
「待ってください。それ、ウチの2人が疑われているんですか?」
 相沢が声を上げる。
「東京日報さんだけじゃありません。今晩、東京地検の司法記者クラブで寝泊まりしていた事件記者全員を今、取り調べております。なんとも、逃走が鮮(あざ)やかすぎるんでね、内部に協力者がいる可能性があります」
「オレたちがガンさんの逃走を手助けするわけないでしょう!」
 山崎が語気を荒げ否定する。
「そうですよ。ガンさんの中央日日とウチとはライバル同士なんですよ」浅野も反論する。
「ええ。ですから、もっとも怪しいと踏んでいるのは、中央日日の白石記者と国分記者です。しかしね、彼らには明確なアリバイがあったんですよ。深夜1時過ぎから犯行時刻の2時半過ぎまで、2人して、特捜部の会議室前に張り込んでいるのを複数の検察事務官たちによって目撃されていました」
「だからって、それでなんでオレたちなんですか?」
 更に浅野が突っかかるも、
「東京日報さんだけなんですよね、今回の殺人事件の記事で、岩見孝太郎を擁(よう)護(ご)する記事を書いているのは」
 村田が静かに言い放った。その視線の先は、山崎でも浅野でもなく、相沢だった。
「別に擁護しているつもりはありませんよ」
 相沢も、村田の視線を真っ直ぐに受けて答える。「ガンさんの犯行だと確証が取れていない中で、断定して記事にしたくないだけの話です」
「とにかく、山崎記者と浅野記者には任意同行を願います。事情聴取は、地検の会議室の一つをお借りしておりますので、こちらへどうぞ」
 村田が極力感情を出さずに事務的に2人を連れて行こうとする。
 そんな村田を見て相沢は気づいてしまった。彼は彼で、岩見が逃走したことに強い憤(いきどお)りを感じていることに。だからこそ、その爆発してしまいそうな憤(ふん)怒(ぬ)の情を懸命に抑えこみながら無表情を装っているのだと。
 山崎と浅野が相沢を見た。
 相沢は小さくため息をついて、頷いた。
「仕方ありません。行って、無実を証明してきてください」
「しかしキャップ、オレたち、この後、伊集院一郎の一斉強制捜査に同行する予定なのですが」
 山崎が困ったように相沢の耳元に囁いた。
「いいですいいです。どうせ記事にするつもりはなかった取材ですから。伊那ちゃんにでも行かせましょう」
 相沢がもう一度ため息をつきつつ、かすかに笑った。もちろん作り笑いだった。

 殺人事件の被疑者の逃走という重大な失態があったにもかかわらず、伊集院一郎の一斉強制捜査は夜明けと共に行われた。
 東京地検の上層部からは、一斉強制捜査の延期も提案されたらしいが、責任者である森検事正が頑(がん)として予定通り執(と)り行うと宣言したようだ。
 東京地検特捜部に在籍する30数名の検事と検察事務官、そこに数人の助っ人検事を加えた東京地検組が39名、警視庁捜査二課の刑事が11名、総勢50名が手分けして、伊集院一郎の選挙事務所と自宅、東京都庁内の東京都議会議事堂与党控室、伊集院の愛人で金庫番とも称されている私設秘書でもある工藤里津子の自宅、そして公設秘書の露木功一の自宅、合計5ヶ所に一斉に強制突入する。
 同行するテレビ局と新聞各紙は、その様子をリアルタイムで写真に収め、ビデオ撮影した。
 その中でも、なんといっても、今回の汚職事件のキーパーソンである公設秘書の露木功一の自宅捜索には、毎夕新聞の市村キャップとカメラマンだけが同行を許されていた。
 表向きには、露木の自宅が閑(かん)静(せい)な住宅街の中に位置し、周囲に迷惑をかけないように新聞社1社のみの同行取材許可という配慮だったらしいが、それを信じる者は誰もいない。毎夕新聞がこの汚職事件を一番最初にスクープし、その後も数々のスクープ記事で話題にした結果、強制捜査にまで持ち込んでくれたという地検特捜部からのご褒美的意味合いの強い単独同行取材であることは明白だった。
 自宅にいた秘書の露木功一は、森検事正自らの手により、任意同行が求められた。そして正午前に、捜査車両に乗り込む露木の姿が毎夕新聞だけのスクープ記事として写真に収められ、『汚職事件のキーパーソン、任意同行。逮捕間近か?』の見出しと共に、その日の毎夕新聞夕刊のトップを飾ることになった。
 夕方6時。一斉強制捜査は日没まで1時間を残し、全て終了となった。
 警視庁の桜田記者クラブには、同行取材を終えた各新聞社の事件記者たちが疲れた様子で戻ってくる。
「お疲れお疲れ。どうでしたか? 成果はありましたかね」
 相沢が他社の記者たちの帰りを笑顔で労う。
「成果もなにも、どこも空振りですよ」
 新日タイムスのセイカイどんこと青海記者が疲労困(こん)憊(ぱい)といった様子でソファーに腰掛ける。
「毎夕さんだけですよ。記事らしい記事にできたのは。他は、どこもお土産ゼロですよ」
 毎朝新聞のカメちゃんこと亀田記者がうんざり顔で答えた。ちなみにお土産とは証拠品のことである。
 そんな中、伊那が一人元気よく戻ってきた。
「伊集院一郎のコメントをもらってきました!」
 東京日報の同行担当は、伊集院一郎の選挙事務所だった。本来は山崎と浅野が同行するはずだったが、伊那が代わりに出向いていた。
 伊那が相沢に、コメントのメモを手渡す。
 それを読んだ相沢が、「これ、みんなに共有してもらおう」とメモをソファーのところでたむろしている他社の記者たちに見せて回るように伊那に指示を出す。
 予(あらかじ)め、仕入れたネタは共有させると言われていたのだろう、伊那は疑問を抱くことなく、「了解です」と言いながら、メモをソファーに座る記者たちの前に差し出した。
「え……いいんですか?」
 青海と亀田が、遠慮がちに伊那からメモを受け取って、相沢の顔を見る。
「セイカイどんもカメちゃんも、そんな変な顔をしなくてもいいよ。ウチは今回の汚職事件、まだまだ記事にするほどの価値はないと思っているんですよ。ですから、ね」
 相沢の言葉に、青海も亀田もホッとしたようにメモに目を落とす。そこには伊集院一郎のコメントとして、
『潔白な以上、徹底的に調べたらいい。恥をかくのは当局の方だ。ただし、任意同行で連行していった秘書の露木くんは早々に解放してほしい』との言葉が走り書きされていた。

 一方、東京地検特捜部の会議室では、一斉強制捜査から戻ってきたばかりの検事たちが、捜査が徒(と)労(ろう)に終わったことで激しく落ち込んでいた。
 200個の段ボールを準備していたにもかかわらず、広い会議室に置かれている押収物の入った段ボールは30個以下だ。だからというわけではないのだろうが、会議室がいつも以上にガランとして見える。
 検事たちがあまりの証拠品の少なさに焦りを隠せない中、ただ一人、森検事正だけが悠然と構えていた。
「安心しろ。露木が自供し、露木の日記帳が発見されればいいだけの話だ。正義はかならず勝つ。絶対に」
 森検事正は自信たっぷりに言い切ってみせた。
 露木の任意での事情聴取は、警視庁捜査二課の取調室で行われていた。
 初日の取り調べでは、露木は、これまでのマスコミの取材で答えた通り、賄賂とされる1億円は借りたお金の返済金であり、領収書も返済金の受け取りの証拠として記録しただけにすぎないと繰り返した。
 この日、取り調べを実際に担当したのは美藤警部だった。
 美藤は、露木を取り調べする中、ずっと、前日に同級生の相沢に言われたあの言葉が引っかかっていた。
「ズバリ聞く。伊集院一郎が無実の可能性はあると思うか?」
 相沢はハッキリとそう言い切った。
 だからこそ、美藤は、フラットな観点で、今一度、伊集院一郎の汚職事件を捜査し直してみようと心に決めていた。そのためにも、賄賂を実際に受け取ったとされるキーパーソンである露木の証言が大切になる。
 美藤は、露木の取り調べを、客観的な視点から観察するように心がけていた。
 とはいえ、一日二日の取り調べで全てが分かるはずもなく、露木の初日の取り調べは収穫ゼロに近い形で終わることになった。
「露木さん、長時間、ご苦労様でした。明日も朝から、こちらに出向いていただけますでしょうか? マスコミの目もございますので、今晩は、赤(あか)坂(さか)のビジネスホテルを地検の方で予約しているとのことです。そちらにお泊りいただけますか?」
 美藤の丁寧な言葉に、
「てっきり、ここの留置場に泊めさせられるとばかり思っていましたが」
 露木は少し驚いている。
「あくまでも任意でお話しをうかがっている段階です。ホテルにご宿泊して、ゆっくりと体をお休めください」
 美藤は笑顔を作った。実は、露木をビジネスホテルに泊めることについては、森検事正からの強い指示があったのだ。
「露木はホテルに泊めろ。例え、犯行を自供したとしても、今の時点では、留置場には入れるなよ。今朝の岩見の逃走が、前日までの留置場での身柄拘束のせいじゃないのかと上層部から嫌味を言われているんだ。それと同列に扱われてもかなわん」
 美藤は森検事正の深い配慮に素直に感心していた。
「とはいえ、ホテルの正面玄関の表に警護の警官を一人、待機させておきます。これは、念の為のものでして、決して露木さんを監視しているわけではございませんので」
 美藤は露木に対し、エクスキューズを言うのを忘れない。もちろん、その言葉はウソである。警護するという意味もあるが、要は、逃走や証拠隠滅をさせないための監視役をつけるということである。その上で露木を解放することにした。

 逃走した岩見の行方は一向に分からない。
 この日(6月19日)の夕刊トップは、伊集院一郎の一斉強制捜査のスクープ記事を載せた毎夕新聞以外は、どこも、『女性事件記者殺害事件の容疑者、逃走』の見出しが踊っていた。さすがに東京日報も記事にしないわけにはいかなくなった。とはいえ、東京日報だけが頑なに、岩見の名前は実名ではなくI記者のままで通した。もちろん相沢の判断だった。
 当初、東京日報は、20日の朝刊で、岩見の言葉を引用し、伊集院一郎が無実である可能性と、岩見が冤罪である可能性を記事にする予定だった。だが岩見の逃走で、その記事原稿は全てボツになった。

 翌6月20日早朝6時前。
 この日も、警視庁桜田記者クラブのブースで、椅子のリクライニングを最大に倒した状態で仮眠を取っていた相沢は、スマホのベルで飛び起きた。
「へえへえ相沢」
 寝ぼけまなこをこすりながら相沢が受話ボタンを押す。
 相手は意外な人物だった。
「美藤? どうしたんだ、こんな朝早く?」
 電話の向こうは、捜査二課の美藤警部である。
「相沢……もうすぐ広報の方から情報が行くとは思うが、お前だけに先に伝えておこうと思ってな」
 美藤の声が少し震えている。
「どうした?」
 美藤の声の強張りに、完全に目が覚めた相沢が姿勢を正して質問する。
「露木功一が自殺したよ。宿泊していたビジネスホテルの屋上から飛び降りた」
「まさかっ!?」
 相沢が思わず叫んだ。
 長椅子で眠っていた八田も起き上がり、相沢を凝視している。
「遺体のポケットから、汚職事件の決定的な物的証拠となる日記帳が見つかった……クロだった。伊集院一郎は真っ黒だったんだよ」
 美藤の声はどことなく寂しげだった。
 相沢は呆(ぼう)然(ぜん)としつつ、電話を切る。そして八田と目が合った。
「伊集院一郎の秘書の露木功一が自殺しました。汚職事件の物的証拠を持ったまま……」
「なんじゃと!?」
 八田が絶句する。
「これは一大事です……ガンさんの読みは外れたということです」
 相沢が呆然と呟いた。そしてハッとなり、続けた。「じゃあ、ガンさんの言葉が正しくないということは、ガンさんも殺人を犯しているということなのか?」

《第8章 終わり》

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