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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第6章(その2) 「ひさご」

著:酒井直行/原案:島田一男



第6章 (その2)
「ひさご」

 その後、一同で伊那を歓迎する旨の乾杯を交わした後、相沢がビールグラスを置いた。その表情は真剣なものに切り替わっている。八田、山崎、伊那も真顔に戻っている。
「ガンさんの接見の件なんだが、みんなの意見を聞きたいんだ」
 そう切り出しながら相沢は、接見室での出来事を3人に話した。
「伊集院一郎は無実? なんでガンさんの口から、そんな関係ない別件の話が出てくるんですか?」
 山崎の疑問に伊那も同意して首を傾げる。しかし八田は即座に、
「春乃ちゃん殺しと伊集院一郎の汚職事件が密接に関わっていると言いたかったんじゃないのかのぉ」と推理した。
「八田さんもそう思われますか? 実は私も同じ意見なんです」
 相沢が八田に頷き返した。
「あのぉ、そもそもの、都議会議員の伊集院一郎の汚職事件について、朝、ざっとはお聞きしましたけど、もっと詳しく教えていただけませんか?」
 伊那がおずおずと申し出るのを見て、3人が大きく頷いた。
「あれは確か、今から7ヶ月ほど前の、毎夕新聞のスクープがきっかけじゃったのぉ」
 八田の言葉に山崎も何かを思い出して引き継いだ。
「そうだそうだ。毎夕新聞が11月終わりのある日の朝刊で、『都議会議員伊集院一郎、選挙区地元の公共工事入札でA社に便(べん)宜(ぎ)。その見返りに1億円を賄賂として授受か』の大見出しでスクープ記事をぶち込んできたんだった。あれにはオレたちも正直、ビックリした。1年ほど前から、そういう噂がなかったわけじゃあないんだが、試しに取材に動いても、具体的な証拠が出てくるわけでもなかったし、伊集院一郎は次の衆議院選挙で国政に打って出ることが確実視されている有力者なわけで、おそらくはライバル陣営が流したガセネタだろうってことで、ウチも他社もスルーしていたネタだったからね」
「毎夕さんが記事にした以上、ウチも動かないわけにはいかないっていうことで、ヤマさんと、今日はずっと地検の司法記者クラブの方に詰めておる浅野のダンナがペアを組んで、かなり精力的に取材をしたんだ。だけど、いかんせん、毎夕さんには特別な取材元のネタルートがあったらしく、その後も毎夕さんだけがバンバン続報スクープを連発するだけで、ウチも他社もロクな記事を出せずに終わってしまったんだ」
 相沢は当時のことを思い出しつつ、小さくため息をついた。
「あの時は悔しかったなあ。だって、オレと浅野のダンナが、確たる証拠を見つけられずに記事にするのを諦めたのに、毎夕さんだけが、バッチリと領収書やら、1億円を運んだとされるスーツケースの写真を証拠品として記事に載せやがったからなあ。正直、参った、負けましたと脱帽モノでした」
 山崎が、記憶と共にその時の感情も思い出したようで、忌々しそうに、コップに注(つ)がれたまま一口も口につけていない乾杯用のビールをグイッと飲み干した。
「あ、いけね。飲んじゃった」
「毎夕さんはその功績が認められて、去年12月の新聞協会賞を受賞したんじゃ。ちなみにその翌月は、我が東京日報と中央日日さんが、田無の連続殺人事件の真犯人を暴いたスクープ記事で受賞しとるがのぉ」
「そうだそうだ。私も一つ思い出しましたよ。その両方の合同祝勝会を、1月の半ばに、ここで新年会兼ねてやりましたよね。実は前の日には、ウチと中央日日さんだけで、田無の連続殺人事件の方の祝勝会をやったばかりだったんだけど……」
「ええ、覚えています。前の日の祝勝会っていうのが、例の、オレがガンさんの家に泊まった日だったもんですから、二日酔いが残る中、迎え酒的なカンジで翌日も浴びるように飲んだ記憶があります」相沢の回想に山崎も半年前を思い出していた。「合同祝勝会の方には、桜田記者クラブの全社が集まって、みんなでお祝いしてくれたんでしたよね、キャップ?」
「うん。みんな揃っていたねぇ。あの夜は特に楽しかったねえ」
 相沢が座敷を見回し、しみじみと言った。彼の脳裏には、ちょうど、岩見と桜井春乃が向かい合った席でビールを注ぎあいながら、お互いのスクープ記事を称(たた)えあっているシーンが浮かんでいた。
「まさか、その席で仲良く酒を酌み交わしていたガンさんが桜井くんを殺したなんて……どう考えても信じられるわけはありませんよ」
 その後、山崎が伊那に対し、彼と浅野の2人が取材した中で入手した汚職事件の情報を詳しく話して聞かせる。もっとも、具体的なネタはあまりなかった。
「うーん。お話を聞いても、なんだか漠然とした事件なんですね」
 伊那が素直な感想を口にした。
「実はそうなんじゃ。ワシらも正直、この汚職事件については全(ぜん)貌(ぼう)が見えておらんのでよく分からんのじゃ。じゃが、ガンさんが、自分の無実を主張するんじゃなくて、わざわざ伊集院一郎の無実を主張したのにはきっと訳があるはずじゃ。それをワシらが見つけ出してやらんといかん」
 八田の言葉に相沢が賛同する。
「それに、どうして中央日日の浦瀬キャップじゃなく、この私を接見相手に指名したのか、その理由も探らないといけません」
「そもそも、ガンさんが伊集院一郎の汚職事件を追っていたとは初耳だったな。てっきりヤッコさん、そういう経済犯を追うのは苦手とばかり思っていましたよ」
 山崎が意外そうな声を上げた。「ガンさんって、見るからにちゃらんぽらんで数字に弱そうですからね」
「そういえばそうじゃのお。でも、ちゃらんぽらんに見えて、正義感は滅(めっ)法(ぽう)強いからのぉ。その正義感のおかげで、殺人とかの凶悪犯罪の時には大活躍するんじゃよな。手強いライバルじゃ」
 八田の分析に、相沢と山崎が納得したように同時に大きく頷いた。
「ヤマさん、伊集院の強制捜査の方、確か、地検の特捜部が動き出そうとしているって話、あれ、Xデーはズバリいつ頃と踏んでいるんだい?」
 相沢の質問に山崎が眉間にシワを寄せ考え込む。
「早くて明後日、遅くとも5日後とオレは見ているんですがね」
「うん。私もそれ、いい線いってると思うね……実はほら、今日のお昼に、私の大学の同級生で、五日市警察署の副署長だった美藤が異動を知らせに記者クラブに顔を出してくれただろう」
「ええ。覚えています。確か、捜査二課に急遽助っ人で入ることになったとか言っていた……」
 山崎の言葉に相沢が後を続ける。
「あの後、少し裏取りをしてみたんだが、どうやら、今回の伊集院一郎の強制捜査は、東京地検特捜部と警視庁捜査二課の合同でやることに決まったみたいなんだ」
「じゃあ、美藤さんは、その担当になるわけですね」
「おそらくは」相沢が伊那の質問に即答する。
「地検の特捜部と捜査二課が手を組んだとなると、やはり、強制捜査は間近とみて間違いないようじゃな」
「ええ。ただ……」
 山崎が八田の言葉を肯定しつつ止めた。
 相沢が、八田が、伊那が、山崎の次の台詞を待った。
「オレの勘では、現時点では伊集院の逮捕は無理だと思うんですけどねぇ」
「ほお……その理由を聞かせてくれ」相沢が先を促した。
「さっきも伊那ちゃんに話して聞かせましたけど、今回の汚職事件、とにかく証拠が少なすぎるんです。そりゃあ、毎夕さんがスクープした、秘書が書いたとされる領収書と1億円を入れていたスーツケースの写真は物的証拠といえばそうなのかもしれませんが、それ以外、ほとんど表に出ていないのが気になるんです。あと、贈(ぞう)賄(わい)側の地元企業の、金を送ったとされるゴミ処理場建設会社の社長なんですがね、彼に取材したところ、あの金は、伊集院議員に借りていたお金を返しただけだの一点張りでして、本当に賄賂として送ったのかどうかさえ、オレは疑わしいと思っていたんですけどねえ」
「じゃが、検察が動いているとすれば、やはり、その金は賄賂だったわけじゃろう?」
「うーん、どうなんでしょう。まあ、強制捜査で何らかの証拠が必ず出ると踏んではいるんでしょうが」
 山崎が釈然としない様子で首を傾げる。
「じゃあ何かい? ヤマさんは、ガンさんの言う通り、伊集院が無実で汚職事件そのものが冤罪の可能性もあると見ているんですか?」
「夕方までは漠然とその可能性もあるけど、さすがに検察の特捜部が強制捜査に乗り出そうとしている情報を目にして、やっぱりやっていたんだなぁ、オレの勘も外れたなぁ、ぐらいにしか思ってはいなかったんですが、ガンさんがライバル会社のキャップを指名してまで、伊集院の無実を訴えたって聞いたら、俄(が)然(ぜん)、オレの勘は正しくて、実は伊集院も無実なんじゃないかって思うようになってきました」
「うーん。こりゃあ、ややこしくなってきましたね。とにかく、様々な仮説を立てるにせよ、その根拠となる証拠が圧倒的に足りません。明日からみなさん、この2つの事件をもっと深く掘り下げて取材を進めてください。その時、決して忘れてはならないことは、2つの事件が表裏一体かもしれないと常に頭の片隅に置いておくことです。これは、ガンさんが我々東京日報だけに託したメッセージなんです。いいですね?」
 八田が、山崎が、伊那が、自分の言葉に強く頷くのを見た相沢は、満足そうにビールを一口飲むと、続けた。
「まぁ、もっとも、あと半日もしないウチに、ガンさんは釈放されるはずです。ムラチョウによれば、現場の遺(い)留物(りゅうぶつ)とガンさんのDNAの照合結果が明日朝に出るそうなので。そうなれば彼の無実は証明されるはずです」
「それは一安心じゃ」
 八田もホッと安堵してビールを飲み干した。「安心したら腹が減ってきたわい。伊那ちゃん、食べろ食べろ。お前さんの歓迎会なんじゃから遠慮はするなよ」
「はい。いただきまぁす」
 伊那が、おチカ特製の、ナスと厚揚げの煮浸しを口に入れる。
「美味しい! これぞまさにおふくろの味、やす子ちゃんママの手作りの味です」
「なんだ、やす子ちゃんママって。ここはPTAの集まりじゃねえんだぞ」
 山崎のツッコミに一同が笑う。岩見の釈放が見えてきたこともあり、ようやく事件記者たちの間にも和(なご)やかな空気が漂(ただよ)い始めてきた。

 同時刻。6月17日夜10時過ぎ。
 警視庁捜査二課の会議室で、美藤は欠伸(あくび)を噛み締めつつ待っていた。ただひたすら待ち続けていた。美藤だけじゃない。招集をかけられ、集められた捜査二課の経済犯捜査を専門とする精鋭の刑事たち十名が、同じように、ただただ、待っていたのだ。
「時間、間違ったわけじゃあないですよね?」
 若い宮(みや)島(じま)刑事がイライラした様子で美藤に尋ねる。
「仕方ないだろう、森(もり)検(けん)事(じ)正(せい)殿がここで自分が来るまで待てと命じたんだ。待つしかあるまい」
 美藤がため息混じりに答える。
「美藤警部殿は、森検事正とお仕事をされたご経験は?」
 宮島が美藤に質問を重ねてくる。
「美藤さんでいい。君は知らんだろうが、オレは2年前までここにいた。君たちの仲間なんだ」
 美藤が、緊張をしている後輩刑事に笑いかける。
「存じあげております。狙った獲物をとことん追い詰め、最後には必ず汚職や不正の証拠を見つけ出す『すっぽんの美藤』という異(い)名(みょう)は伝説ですから」
「ただ単に性格が気長なだけだよ。いつも、オレのしつこさに相手が根負けしてボロを出してくれるだけだ」美藤は弱く笑った上で、「森検事正だったな。そりゃあ、仕事をしたことは何度かはあるよ。でもまあ、大変なお方だ。みんな、覚悟するといい」
「どう、大変なんですか?」宮島が不安そうに尋ねる。
「ま、会えば分かるよ」美藤は意味深な笑みを浮かべただけだった。
 結局、森検事正が捜査二課の会議室に入ってきたのは午後11時を回った後だった。
 大柄で長身。東大法学部時代はラグビー部に所属していた。戦前に創立された歴史ある東大ラグビー部だが、大学選手権に一度も出場したことがない弱小チームとしても有名だ。だが森検事正はその中にあって、早(わ)稲(せ)田(だ)や明治といった最強チームから選抜された全日本選抜の最強選手の中に混じって、東大生として唯一選抜メンバーに選ばれたこともある名ラガーマンである。年齢は美藤より3、4歳上のはずだ。
「みんな、揃っているか?」
 森は会議室に入るなり、遅刻を詫びることなく、捜査二課の面々の顔をぐるりと見回す。
「時間がないので、手短に伝える。分かっていると思うが、これは全て極秘案件である。同僚はもとより、上司への報告も厳禁とする……マスコミへのリークなど、もっての外だ」
 森は、最後のフレーズだけ、なぜか美藤一人の顔を見て、言った。
 美藤は表情一つ変えず、その視線を真っ直ぐに受け止めている。
 そして森は、書類に目を落とすことなく、空(そら)で一気に語り出す。
「明後日の6月19日午前5時30分、都議会議員の伊集院一郎の選挙事務所、および自宅、および東京都庁内の東京都議会議事堂与党控室、および愛人・工(く)藤(どう)里(り)津(つ)子(こ)の自宅、および公設秘書の露(つゆ)木(き)功(こう)一(いち)の自宅、合計5ヶ所の一斉強制捜査に入る。この日の日の出が4時26分、日没が18時59分なので、十分な捜索時間があるはずだ。したがって、刑事訴訟法二二二条四項にある、夜間執行の付(ふ)帯(たい)事項記述は申請しない。つまり、日没前には必ず家(か)宅(たく)捜索を終えること。警視庁捜査二課の諸君においては、我々、東京地検特捜部のメンバーと共に各捜査対象に出向き、警備、警護、参考人逃走などにおける緊急対応、そして家宅捜索のサポートなど、あらゆる面で、我々を助けてほしい。各自、担当家宅捜索場所の割り振りは、明日の夜、伝える。以上……何か質問はあるか?」
 森が一気呵成に語りまくったせいで、刑事たちはメモを取るのがやっとで、質問などできるはずがない。しかし美藤だけが挙手をした。
「検事正、一ついいですか?」
「おう、美藤。久しぶりだな。悪かったな。自然豊かな田舎で、のんびり偉そうにしていたかっただろうが、お前の力をどうしても借りたいと思ってな」
 森の言葉を美藤は、少しばかり驚いて聞いていた。異動時期でもないこのタイミングでの出戻り辞令は、警視庁内部ではなくその上、つまり検察庁の力が働かないと動かないだろうとは読んでいたが、まさか森検事正がこの事件捜査のためだけに一本釣りで美藤を異動させていたとは、思ってもいなかったのだ。
「いいえ。お呼びいただき光栄です。質問なんですが、こういう政治経済犯の大物の捜査の場合、プロパガンダ的意味合いも込めて、報道機関数社に絞って、家宅捜索に同行させるのがパターンとなっております。しかし、ここ、警視庁桜田記者クラブの報道各社については、本日発生した殺人事件において、記者クラブの人間が被害者となり容疑者となったことで、その連携が取れない事態となっておりますが……」
「その点については心配ない。こっちで同行させるマスコミのリストを渡すから、明日の夜、彼らに伝えればいいだけだ。だがいいか、絶対に明日夜まではそのリストをマスコミに流すなよ、絶対に、だ」
 森の念押しに、美藤は、ああ、彼は、自分と相沢との関係性を知っていて、情報がリークされることを警戒しているんだと気がついた。
「かしこまりました」
 美藤は素直に頷いた。
「心配するな。事件記者同士の殺人事件の件は私も注目しているが、こっちの事件とは全くの無関係だ。影響はない。いや、影響などあってもらっちゃあ困るんだよ」
 森はキツい口調で言い切ってみせた。

 翌朝8時。警視庁本庁舎の3階留置場接見室。その手前にある控室に、中央日日新聞社の顧問弁護士であり、岩見の弁護人となった関谷弁護士が入ってくる。控室にはなぜか相沢が先に入っていて、関谷を出迎える。
「おはようございます」
 相沢が関谷に挨拶をする。
「相沢さん、連日、申し訳ございませんね。他社の記者にここまで頼られてしまうのも、迷惑なものでしょう」
「いいえ。私はちっとも。でも今日のこれも、本当に私でいいんでしょうか?」
 相沢が怪訝そうに尋ねる。実は昨夜遅く、『ひさご』での歓迎会を終え、帰宅していた相沢のスマホに、関谷弁護士から電話が入ったのだ。
「明日の朝、DNAの照合結果で岩見記者はおそらく釈放となるはずですが、今回の事件、彼の自宅が殺害現場であり、まだ真犯人の目星がついていない以上、岩見記者が重要参考人としてマークされ続けるのは間違いないはずです。つきましては、誰か捜査本部から信頼されている身元引受人が必要だろうということで、岩見記者本人に誰がいいかと質問しましたら、相沢さんでお願いしますと言われまして……」
「浦瀬キャップではなく、私、ですか?」
「是非とも、相沢さんにお願いしたいそうです。岩見記者本人が強く望んでいるんです」
「かしこまりました。私でよければ、ガンさん……いえ、岩見記者の身元引受人を拝命いたします」
 そういうやりとりがあった上での、相沢と関谷の、接見室前の控室での挨拶だったわけだ。
 相沢と関谷の2人は共に明るい。無理もない。岩見は無実の罪で丸一日留置場に投(とう)獄(ごく)されていたのだ。だがそれも、現場の、犯人が残したとみられる遺留品のDNAと、岩見のDNAを照合すれば、彼が無実であることは証明されるのだ。岩見の釈放が目前に迫(せま)っている今、自然と笑顔がこぼれてしまうのも致し方ないだろう。
 しばらく待った後、相沢と関谷が接見室へと通される。
 そして、接見室のアクリル樹脂製の隔壁の向こうに、制服警官に連れられた岩見が入ってくる。
「相さん、先生……何度もすみません」
 岩見は相沢と関谷の顔を見た途端、嬉しそうに頭を下げた。
「いいよいいよ。大変だったな。お疲れお疲れ。もうすぐ出られるぞ」
 相沢が隔壁越しに笑顔で声をかける。
「はいっ」
 岩見も嬉しそうに返事をする。
 そして岩見の背後のドアが開き、村田刑事と遠藤刑事が入ってきた。
 村田と遠藤が相沢を一(いち)瞥(べつ)するが、すぐに視線を逸らしてしまう。この時、相沢は一瞬、嫌な予感を感じた。
 村田が無表情のまま、科捜研から届けられたばかりのDNA鑑定結果を読み上げる。
「昨日、神田神保町のマンションで発生した、毎夕新聞社記者の桜井春乃さん殺人事件において、現場で採取された犯人のモノと思われる遺留品2点、頭髪1本と皮膚片、これらのDNAを鑑定し、昨日、重要参考人である中央日日新聞社記者、岩見孝太郎より任意提出されたDNAを照合した結果、2点と岩見のDNAは共に、99.999%の確率で一致した。これにより、正式に、岩見孝太郎を、桜井春乃殺害容疑で通常逮捕するものとする。時間、6月18日午前8時24分。逮捕」
 遠藤が腰の手錠を取り出し、相沢の見ている目の前で、岩見の両手に嵌めた。
「ウソだろ……」
 相沢が思わず呟いた。
 手錠をかけられた岩見が、村田と遠藤に両脇を抱えられながら奥のドアの向こうへ連行されていく。
 ドアが閉まる直前、岩見が振り返って相沢を見た。そして叫ぶ。
「伊集院一郎の無実を! お願いします!」
 岩見はそのままドアの向こう側へと消えた。
 その先には鉄(てつ)格(ごう)子(し)があるだけである。
「……どういうことなんだ」
 相沢は、愕然とその場に立ち尽くすしかなかった。

《第6章 終わり》

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