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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第2章(その2) 「機動捜査隊」

著:酒井直行/原案:島田一男



第2章 (その2)
「機動捜査隊」

運転席から降り立ったのは、新人機動捜査隊員の上野だ。
 上野は、彼に敬礼をしてきた神田警察署の制服警官に一礼すると、
「通報者は?」と尋ねる。
「1階に住むこのマンションの管理人です。8時半頃、303号室の住人から、天井から水が漏れているとの電話連絡を貰い、その住人の上の階の部屋、つまり今回の事件現場となった403号室のインターホンを鳴らしたが反応がないため、マスターキーで中に入ったところ、浴室でガイシャを発見、すぐさま110番通報したということであります。通信指令室から神田署地域課の本官が駐在する神保町交番に連絡があったのが8時49分で、ここに駆けつけましたのが8時56分であります!」
 制服警官は緊張しつつもテキパキと答えた。
「ガイシャは403の住人?」
「いえ、それが、403号室は男性が住んでいるようです。このマンション、単身者専用のワンルームタイプですので、夫婦ということもないようですが……今、管理人に住人名簿を提出するよう、お願いしております」
「ご苦労さま」と上野が制服警官に声をかけた時、背後から、
「上野。現場入るぞ」
と、先輩隊員の長谷部が、両足の革靴の上から専用の証拠保全用ナイロン袋を被せ、これまた証拠保全用の薄手の手袋を嵌めた状態で、後輩隊員を促す。
「すぐ行きます」
上野は制服警官に、バリケードテープでマンション周辺を囲み、非常線を張るように命じると、自分も長谷部と同じいでたちになって、早足で現場へと駆け上がっていく。
 403号室のドアを開けると、すぐに小さなキッチンが右手に見えた。キッチンの奥にはフローリングの洋室があった。洋室の床に大量のファイルや書類が散乱しているをチラと横目で見つつ、上野は、視線を手前に戻す。問題の現場は玄関入ってすぐの左手側にあるバスとトイレが一つになったユニットバスだ。玄関の内側まで床が水浸しになっている。
 開けっ放しになったユニットバスのドアの向こう側に、こちらに向いたシャワーのノズルが見える。既にお湯は出ていない。おそらくは管理人が止めたのだろうが、さっきまでそのノズルからお湯が出しっぱなしになり、床を濡らし、階下まで漏水したことが容易に想像ついた。
「被害者はここの住人か?」
 と言いながら、まず長谷部がユニットバスに足を踏み入れる。
「いいえ。違うようです」上野はすぐに回答する。
長谷部は、満杯にお湯が張られた浴槽の中、全裸で絶命している若い女性を見下ろし、軽く合掌すると、素早く検死を始める。
「鑑識官の検死を待たないとなんとも言えないが、おそらく、殺害時間は6、7時間前。死因は頸部圧迫による窒息死」
「絞殺ですか。素手ですかね?」
先輩隊員のテキパキとした実況見分を調書に書き留めつつ、上野が質問する。
「なにか細いケーブルのようなモノで背後からギューッといったカンジだな、この様子だと」と言いつつ、長谷部が浴槽とトイレとの間の高いトコロに位置する洗面台収納に無造作に投げ出されているヘアドライヤーを見た。
「あれ、かもな」
 なるほど、ガイシャの首筋に残っている索条痕と吉川線から推測すると、ヘアドライヤーの電源ケーブルがちょうどいい太さなのかもしれない。上野も先輩隊員と同じ推理だった。
「証拠品保全。ヘアドライヤー、凶器の可能性高し」
 上野は、実況見分調書を書きつつ、声に出しながら証拠品を指差し確認し、そして同時に現場の様子をデジタルカメラで写真に収めていく。
 とにかく機動捜査隊の仕事は忙しい。
所轄署捜査課の刑事や鑑識係が到着するまでのわずかな時間の中で、実況見分し、証拠品を保全し、犯人特定につながる手がかりが消えていくのを最小限に食い止めることこそが彼らに与えられた使命なのだ。それほど、殺人現場において、証拠物というものは時間の経過と共に急激に数を減らし、消滅していくものなのだ。
「問題はガイシャの身元だな。この部屋の住人でないとなると、恋人か、血縁者か、はたまた行きずりの恋のお相手か……いずれにしても身元特定は所轄署に任せるとするか」
「いいえ。ガイシャの身元は分かりました。はい」
しゃがんでいた長谷部が上野の声に不思議そうに顔を上げる。それまでバスルームの入り口に立っていた上野がいつの間にかユニットバスの奥の方に回りこんで立っていた。その位置からなら、被害者の顔をハッキリと視認することができた。
「そうか。ずいぶんと早いな。部屋に免許証かなにかでも落ちていたか?」
「いいえ。オレ、彼女、知ってます」
上野が言った。少し呆けた声のように聞こえた。だがもちろん、彼がとぼけて言っているのではないことぐらい、長谷部にも分かっていた。
「知り合いか?」
「はい。長谷部先輩もご存知かもしれません」
「なんだと!?」
驚いた長谷部も、もう一度被害者の顔をマジマジと見つめる。なるほど、どこかで見た顔だ。だが急には思い出せずにいた。
「彼女、桜田記者クラブの事件記者です」
「ウチの? まさかっ!」
「確かだと思います。オレ、半年前に田無署管内で起きた連続殺人事件で、桜田記者クラブの事件記者さんたちにはいろいろとお世話になったんで……彼女、その中にいました。間違いありません。毎夕新聞社の桜井春乃さんです。はい」
 上野が被害者の身元をきっぱりと特定してみせたその時、開けっ放しにしている部屋のドアの向こうで人の気配がする。
「し、失礼します! け、見分中申し訳ございません! 神田署の北本巡査であります。管理人からこの部屋の住人名簿を預かってきました」
マンションの表で上野が応対したあの制服警官の声だ。かなり緊張しているようで声が震えている。
 上野は、ユニットバスから顔と手だけを出し、「ご苦労さま」と言って、住人名簿を、部屋の中に入らないように必死に手を伸ばしている玄関先の北本巡査から受け取った。
そして上野は見た。名簿に書かれた、これまた見覚えのある懐かしい名前を。
「なんてこった……長谷部先輩、この部屋の住人も桜田記者クラブの事件記者です」
「なんだと!?」
「岩見孝太郎。中央日日新聞社の事件記者ですよ」
 岩見が警視庁1階で逮捕されるわずか1時間40分前。6月17日午前9時24分のことだった。

「おはようございます。機捜が向かった先、分かりましたよ」
 突然、東京日報のブースに、エキゾチックで彫りの深い顔をした男が入ってきた。
「おお、ヤマさんか。殊勲者のご登場だね。まま、座って座って」
 相沢が自分の座っていた席を立ち、山崎に座るよう促す。それを見た伊那が慌てて立ち上がって、
「いえ、ここをどうぞ、先輩!」
「いや。いいんです本当に。報告だけしたら、下りて、車両管理の知り合いの職員に更に裏取りしようと思っているんで」と山崎はここまでを一気にまくし立てると、ようやく思い出したように、目の前に直立不動で立っている伊那の手をガッといきなり握って、
「君が噂の新人くんか。よろしく頼むぞ」
「伊那真吾です! よろしくお願いします!」
「で、機捜が向かった先はどこだって?」相沢が待ちきれないように山崎に質問する。
「機捜車両は桜田通りを北に向かいましたよね。警視庁の駐車場から直接出て行ったということはそう遠くない場所のはずなんで、千代田区、文京区、台東区に絞って、虱潰しに所轄に警電をかけまくったんです。そしたらビンゴ。神田署管内から8時42分に110番が入り、8時49分に神保町交番の警官を急行させたって記録を見つけました」
「おお。すごいね。さすがはヤマさん、いつにも増して仕事が早いね」
「恐縮です。じゃ、オレ、このまま出ます。また戻ってきます」
 そう言うと、山崎は息つく暇もなく、裏取りの取材に再び飛び出していった。
「相変わらず、せっかちな男じゃ」
八田が愉快そうに山崎が消え去った後を見送った。
「あの……さっき、山崎先輩がおっしゃっていた『ケイデン』っていうのは……?」
 伊那がおずおずと相沢と八田に質問する。
「そんなビクビクせんでもいい。分からないことを分からないと素直に聞いてくるのは、いい事件記者になるためには絶対欠かせない性分じゃ。一番質が悪いのは知ったかぶりして質問せんかったために、間違った情報を間違ったまま信じ込んでしまうことじゃからな」
 と八田は伊那の態度を褒めた上で、「ケイデンっていうのはな、警戒電話の略称じゃ。警電をかけてネタを拾うのはワシら事件記者の大事な仕事の一つでの、要するに、こっちから所轄署に電話して、『何か新聞記事なるような事件事故はありませんか?』と御用聞きするんじゃ。報道規制が取られていない限りは、所轄署の広報は、電話してきた記者クラブ所属の事件記者だけには、正直に話してくれる決まりになっておるんじゃよ」と教えた。
「記者クラブ所属の事件記者だけにはって?」
「誰でもかれでもに、起きたばかりの事件事故をベラベラ喋っちゃあ、それこそプライバシー保護じゃあ守秘義務違反じゃあで叩かれるじゃろ? だから記者クラブの事件記者だけにはちゃんと話してねって上で取り決めしてくれたらしい。ずいぶん昔からの約束事のようじゃな」
「なるほど」
「さてと、新人事件記者見習いくんへのレクチャーもこの辺で中断するとしましょう。そろそろ我々も裏取り取材を進めて、コロシの内容を突き止めて行くことにしますか」
相沢が立ち上がり、伊那と八田の顔を交互に見た。
「これから忙しくなりそうですよ。覚悟はいいですか?」
「もちろんです!」伊那が元気よく答えた。
「だから、伊那ちゃんは声が大きすぎるんです。お隣さんに聞こえたらどうするんですか」
相沢が小さくため息をつきつつ口に指を押し当て、静かにするよう、伊那をたしなめた。

 相沢が伊那を連れ立って、桜田記者クラブがある警視庁2階から1階ロビーへ階段を駆け下りようとしたその時、1階から血相を変えて上がってくる顔見知りの刑事とすれ違う。捜査一課の村田刑事である。肩書が巡査部長ということで、記者クラブのメンバーは愛着を込めて『ムラチョウさん』と呼んで慕っていた。
「おはようさん、おや、ムラチョウさん、事件ですか?」
 いつも繰り返される刑事と事件記者の、ジョークも兼ねた軽い挨拶のはずだった。にもかかわらず、村田の眉間にしわが寄るのを、相沢は見逃さなかった。
「さぁ? ウチにはまだ一報が届いていないけど。もしかしたら、東京日報さんの方が先に掴んでんじゃないの?」
 そう言い返す村田もまた、自分の表情のぎこちなさを相手に読み取られたかもしれないと警戒しているように相沢には見えた。
「またまた」
 村田が一瞬、ためらう表情を見せるが、意を決したように、
「時に相さん、中央日日の岩見くんはもう入ってますかね?」
と質問する。
「まだです。今日は遅番で11時入りだと聞いてますが」
「今日が遅番ということは、昨日は一日お休みだったわけですね?」
「ええ。ウラさんがさっきそう言ってましたね。どうせ、飲んだくれて、酒の匂いプンプンさせて出勤するはずだってボヤいてましたよ」
「……そう、ですか」
 階段で立ち止まったまま村田が何事か考え込んでいる。
「ムラチョウさん?」
 相沢が村田の異変に首を傾げる。
「いやなに。ガンさんの落し物が届けられていましてね。早く届けてあげなきゃと思っていたんです。すみませんね。お時間取らせました。私はこれで」
 村田が取り繕ったような言い訳をし、慌てて階段を駆け上がっていく。まるで相沢からの訝しげな視線から一刻も早く逃れるかのように。

《つづく》

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