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事件記者[報道癒着]

事件記者[報道癒着] 第1章(その1) 「警視庁桜田記者クラブ」

著:酒井直行/原案:島田一男

第1章 (その1)
「警視庁桜田記者クラブ」

 事件記者。それは、警視庁や大阪府警など主要な警察本部に常設されている記者クラブ詰めの新聞記者のことを言う。彼らは、24時間、事件を追い、記事にするべく走り回る。時に事件記者は、警察が未だ掴みきれていない重要情報をスクープし、事件の早期解決に力を貸す。
 事件記者の朝は早い。特に警視庁桜田記者クラブの朝は全国イチ早いとされている。
 そもそも警視庁職員の毎朝の出勤時間はおおよそ朝8時と、他の官公庁や民間企業よりずいぶん早い。一応、決められた出勤時間は8時30分なのだが、その時間にノコノコやってくる職員は皆無である。早く出てきた職員の時間の使い方は様々で、年間の練習時間が規則で定められている柔道と剣道の鍛錬に充てる者もいれば、前日にやり残した書類の作成や整理に充てる者もいる。となると、彼らに付き合う形で、記者クラブの連中の出勤時間も決まってくる。刑事たちが8時には出勤して仕事を始めているのに、彼らから情報を入手する事件記者たちがそれより遅れて出勤してきては、聞ける話も聞けなくなってしまう。ということで、いつしか、警視庁の事件記者たちは8時より前に記者クラブに入るのが当たり前のようになっていた。
 全ては特ダネを掴むために。

 今朝も、東京日報の相沢キャップがあくびを噛み締めつつ、地下鉄桜田門駅の階段を駆け上がり、目の前にそびえ立つ18階建てのビルの中へと入っていく。
 正面玄関入ってすぐのセキュリティチェックゲートに飛び込むと、顔馴染みの制服警官と朝の挨拶を交わす。
「おはよ。今日も男前だね」
 声をかけられた制服警官は一瞬かすかに微笑むが、言葉を発することなく小さく一礼しただけで、相沢の鞄をX線検査機へと入れ、相沢をゲートの向こうへと進ませる。
 昔はこんなんじゃなかったのにな。
 相沢は、毎朝のことながら警察官とマスコミ関係者との間が他人行儀になってしまったことにため息をつく。
 鞄を受け取った相沢はその足で地下鉄の改札ゲートと同じ造りをした入館ゲートに記者クラブ専用のICチップ入りの入館証をかざし、中へと入っていく。
 記者クラブのフロアは2階である。相沢はいつもエレベーターを使わず、階段を駆け上がることにしている。とはいえ、四十を超えた齢としては、わずか三十段強の階段でも息が切れるようになってきた。
 桜田記者クラブの扉を開けると、目の前に飛び込んでくるのは各社共有の応接セットのスペースだ。使い古された革張りのソファーに杖を片手に深く腰かけている初老男性がいきなり声をかけてくる。
「キャップ、遅かったなあ。ワシなんか30分も前から来ておるぞ」
 彼は通称、八田老人。八田もまた東京日報の事件記者である。もっとも、現在の正式な肩書は「元」であり、今は「嘱託記者」および「育成指導員」であるが。更に言えば、みんなから八田老人と呼ばれてはいるが、年齢は六十五になったばかりで、まだまだ老人の範疇には入ってはいない。しかし、足を悪くして以降、杖をついていることもあり、記者クラブの面々からは愛着を込めて老人呼ばわりされている。本人もてんで気にしてはいない様子だ。
「まだ7時半過ぎじゃないですか。朝が早い年寄りと一緒にしないでくださいよ」
 相沢も例によって八田を老人扱いしつつ、彼の前に座り、ソファーの前のテーブルにずらりと並べられている各新聞社の朝刊を一つひとつ手に取り、広げていく。
 出勤途中の電車内で、各新聞社の電子版朝刊をスマホで一通り目を通してきてはいるのだが、やはり、毎朝きまっての特オチ特ダネのチェックはインクの匂いがまだ残る新聞紙面で確認するに限る。
「特オチはなし。他社の特ダネも……なし、か」
「そうそう、ドキドキもしてられんよ」相沢の安堵の表情に八田もニタリと笑う。
「今日だったよな? 新しいのが来る日」
 八田が壁に貼ったカレンダーを嬉しそうに見ている。
「ええ。昨日の社会部の部長との電話では、少し早めに行かせるからとは言われていたんですけどね」と言いつつも相沢は、最近の若いヤツにとっては、少し早めの出勤というのが何時になるのやらと失笑を浮かべた。
 この前、わずか6日で音を上げた新人記者が初日、記者クラブ室に駆け込んできたのは8時59分だった。その上で、「ギリギリセーフ」と叫びやがったものだから、相沢がいきなり「バカヤロー! 警官たちが8時には出勤しているのに、一時間も遅刻してきて、セーフなわけあるか」と、どやしつけてしまった。警視庁記者クラブの出勤時間が本社勤務の時より一時間も早いという基本情報をど忘れしていたのか、それとも何らかの伝達ミスにより知らされていなかったのか、その辺りの事情は定かではなかったものの、彼は記者クラブに初出勤していきなり遅刻し、上司に怒鳴りつけられたダメな新人記者というレッテルを剥がすことができないまま、1週間後、「自分には事件記者は向いていませんでした」と部長に早々に異動願を出して去ってしまったのだった。
 その後、新人記者が辞めたのはキャップの初日の叱責のせいだと、相沢は八田からさんざん嫌味を言われ続けた。そしてようやく数ヶ月遅れで、今日、代わりの新人記者が補充されることになったのだった。

《つづく》

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